パワー (西のはての年代記 3) 単行本
– 2008/8/23 アーシュラ・K・ル=グウィン (著), 谷垣 暁美 (翻訳)
「パワー 西のはての年代記Ⅲ 著:ル・グウィン 訳:谷垣暁美」を読んで
『ギフト』『ヴォイス』の次。西のはての年代記3冊目。
すごい。すごい……の一言。ギフトもヴォイスも好みだったけど、パワーはその集大成みたいな感じになってる。
ギフトは『親と子(過去から未来に続いていく)』がメインの物語。
ヴォイスは『味方と敵(世界は二色ではない)』の物語。
パワーは『自分と世界(複数視点を持つこと)』の物語。
どれも最初の物語『ギフト』の主人公オレックが出てくるけど、パワーでは実物は本当に最後にしか出てこなかった。最初の主人公が徐々に年を取っていて、パワーでは「目が悪くなっている」と書かれているの衝撃だった。
親との関係に悩み若々しく、目隠しをして暗闇の中にいたオレックが目が悪くなるほど年を取るなんて……大抵の物語はそんな風に書かないし『若い時だけ』もしくは『年を取っている一時期だけ』が切り取られてるので、時間の流れをあまり感じない。
でも、この物語はしっかり『時間の流れ』を感じる作りになっていて、それだけでもすごいなと思う。
『パワー』はエトラのアルカマンドに住む奴隷、ガヴィアの物語。
全四章に分かれている。
一章はエトラのアルカマンドでの幸せな暮らし。ガヴィアは姉のサロを慕い、将来、教師になるための教育が与えられている。エトラでは奴隷も教師になり、主の子どもたちの教育ができる。子供時代は館(主)の子たちとも遊び、その中の力関係や嫌悪(勉強ができ可愛がられるガヴィアを快く思わない子がいる)が書かれている。
エトラが他国に包囲された時の飢えと奴隷の扱い。飢えの為にサロは子どもを流産する。
二章は”事故”で姉のサロを失い。正気を失って、さ迷い歩いた末に『森の兄弟』の元で暮らす。ここには逃亡奴隷たちが集まって、都市を作っていた。しかし、ガヴィアはそこにも女性には自由がない事を知る。
三章は森の兄弟たちの都市『森の心臓』から逃げ出し、ガヴィアの故郷である水郷にたどり着く。そこで暮らし、水郷の文化や価値観を理解しようとするが、ここも『自分の居場所』ではなく、未来(ヴィジョン)を見るおばゲゲマーにより、危険が迫っていることを知り水郷を出ることにする。
四章は水郷を出て、オレック・カスプロがいて大学があるメサンに行くことにする。その途中で森の心臓で文字を教えたメルという子に出会う。メルを守っていた姉イラードとは別れ別れになってしまったという。ガヴィアはメルと共にメサンに向かう。
途中でガヴィアを追うアルカマンドでの奴隷ホビーが自分を追いかけていることを知り、ギリギリのところでホビーから逃げきる。
メサンに着いたガヴィアはオレックに会い、一緒に暮らすことになる。
一章を読んでる間は『ヴォイス』も奴隷の話だったので同じ傾向なのかなと思ってしまった。
でも、その後の展開が見事すぎて一章で感じたのは間違いだった。
ガヴィアが『女性が虐げられている事』『女性が恐怖を感じている事』を理解するのも良かったし、『世界にどんな価値観があり、どう成り立ってるのか』を理解していく過程が……しっかり書かれているのすごい。
最初は『自分が奴隷であること』『そのために受ける理不尽な行為』に疑問を持たなかったのに、サロの死をきっかけにそれが『理不尽である』と気が付く。変化は急激ではないけど、小さな気づきが積もり積もって形になっていく様が『世界を知るとはどういうことか』を丁寧にくみ取っていてすごい。
こんな丁寧な物語、見たことない。
それでいて押し付けがましいわけではないし『気が付けなかった』と後から気が付くことや、『結局何もできない』とか『見放そうかと迷う』という人間的な部分も残ってる。教訓ではなくて、物語として、人間として書かれてるのも好き。
気になった文章3つ。
280p
「ここは子どもをつくるところで、育てるところじゃない」
森の心臓のリーダー格のバーナの発言。リーダーのバーナの館にはたくさんの美女がいたが、子供はいなかった。子供が出来て育てる場合は館を出なければいけなかった。
355p
「女は男に何も教えられない。どこに住んでいたにせよ、それぐらいのことは学んだだろう?」
水郷でおばのゲゲマーにビジョン(力)の使い方を教えてくれと頼んだ時に返ってきた言葉。ゲゲマーもビジョンの力を持っていたが、女であるゆえに男のようにしっかりとした力の使い方は学べなかった。
464p
「自分の主人たちの人柄がよければ――そして、ほかの制度がありうるということを知らなければ――誰もが、今のあり方が当たり前で、そうであるべきなのだと信じているとしたら、奴隷制がまちがいだということに気づかないものです」
オレックの家での語らいの中で、メマーが「悪くない奴隷制なんて、ありうるでしょうか?」と聞いた時にガヴィアが応えた言葉。
様々な文化が出てくるけど、どこでも女性というだけで虐げられている。
ギフトでは男女ともに力を継いで当主になれたけど、ヴォイスでは政治的話し合いなどは男性の力が強く、女の子は暴力を受ける危険があるので男の子の格好で主人公のメマーは動き回っていた。
パワーはさらに露骨な女性蔑視が出てくる。女性が馬羊と同じく略奪されてくるとか(奴隷も男女問わず略奪なので、女性だけというわけでもないかもしれない。けど、自由を求める元奴隷たちが女性に対しては自由を認めないのは、そういう事だなと思う)
ラスト近いガヴィアの言葉は奴隷制のみならず『自分たちが今いる社会のありよう』も批判してるように見えるので、とても衝撃的だった。
メルも出てくる。ギフトではオレックの母親の名前として、ヴォイスではオレックの娘の名前として……どちらも亡くなっている。パワーでやっと死なないメルがオレックの家にたどり着く。隠しキャラ?と思ってしまった。
今年のおすすめ本は、西のはての年代記3冊で……。
分厚くて長いので、本当に本好きな人にしか勧められないのが難点。