編集

「闇の左手」を読んで

2024/03/08

闇の左手 (ハヤカワ文庫 SF 252)–2006/9/1
アーシュラ・K・ル・グィン (著), Ursula K. Le Guin (原名), 小尾 芙佐 (翻訳)

闇の左手 (ハヤカワ文庫 SF 252)

「闇の左手 著:アーシュラ・K・ル・グィン 訳:小尾芙佐」を読んでみた。

氷と雪の世界……だというのに、あまりの暑さにそれがイメージできず。むしろ『寒すぎて熱く感じる』というシーンに現実の暑さが重なる。


設定は好みなのに、キャラクターが全く掴めず、政治という難易度の高い話が混ざり込み頭がヒートした。つまり……面白いとは思えなかった。
というのが、全体の感想。

侍女の物語と同じで、設定は凝っていて好みだけどキャラクターと物語が難解。

惑星<冬>ゲセンに降り立ったゲンリー・アイがゲセンと人類同盟エクーメンとの同盟に奔走するというのが大まかな物語。
ただ、そこに付随する政治的思惑がよくわからなかった。

・ゲンリーが人類同盟エクーメン側の人間で、一人で惑星ゲセンにやってきた。
という事までは理解できた。

:あらすじ:
ゲセンには二つの大国がある。ゲンリーが最初に訪れたのはカルハイド王国。王国という名の通り『王』が支配する国。宰相エストラーベンの手を借りて、同盟の話を王に持ち掛けようとするが、エストラーベンの失脚とともにゲンリーの同盟の話も怪しくなる。
次にオルゴレイン共和国に話を持っていくが、こちらでも政略に阻まれ、投獄される。
エストラーベンに救い出され、ゲンリーとエストラーベンは氷原をそりで渡る事にする。その旅で二人の想いが深まり友情を築く。
カルハイド王国に戻ったゲンリーは通信機で宇宙船(星船)と連絡を取り仲間を呼ぶが、エストラーベンが見つかり射殺される。
ゲンリーは再びカルハイド王に会い、ついに同盟を結ぶこととなる。

こんな感じかな。

この物語はキャラクターの思惑がはっきりと書かれていない。『何だか分からないけど、たぶんこうだろう』と読者がくみ取らなければならないので、正直『掴めない』
ゲンリーがエストラーベンを嫌う理由も正直、最後まで分からなかった。「利用できなくなったから」なのか「他人の言葉を鵜呑みにして嫌った」なのか。おそらく後者なのかもしれないが、私はその「他人の言葉を鵜呑みにする」キャラが苦手で掴めない。

そこまでわかってるなら、ここまでわかるだろと思ってしまうので、「ここまでわかるけど、そこまでわからない」と言うようなキャラも苦手。ゲンリーはそういうキャラだし、エストラーベンもそのようなキャラであるのと、「ゲセン」の文化が「助言や意見を言う」事を控える事を良しとする……という暗黙の価値観がさらに難易度をあげる。

おかげで、キャラクターが何を思っているのかがほとんどわからない。

政略として追放された……という解説があったのでそうなのかと思ったが、ゲンリーの立場の変化も分からなかった。エストラーベンの追放は説明があったので分かりやすかった。


性についてのあれこれも説明が多々出てくる。

ゲセンの人々は普段は性別を持たず、発情期『ケメル』になり相手を求めてどちらかの性別になる。ケメル期は誰もが仕事を休んでもいい……など、事細かに書かれている。なぜそうなったのかという説明も『厳しい環境下でそのように適応した』とある。確かに、動物の発情期は『その方がいい』からそうなっている。年がら年中発情期の人間は『環境を意図的に選ぶ』事が求められているし、おそらく他の動物の発情期と違ってその性衝動もそれほど強くはないのだろう。

ただ、ゲセンの人も『(ほぼ)月に一度』というケメル周期なのは、人間の特性に合っているし完全に別種の存在ではないとも思う。これは生理周期と似ている。女性も生理周期に合わせて性欲の増減は起こる。(ただ、必ずとは言えないし、個体差も大きい)こう考えると、ゲセンの人々は女性の体に近いのだろうかと思ってしまう。

男性でも女性でもないということだが、中性的とはいえ女性と男性の一番の違いは『腰』だと思う。骨盤の違いは男女の大きな差の一つだ。ゲセンの人の骨盤はケメル期だけ柔らかく広がるような構造なのだろうか。受精を行わなかった時の卵子の排泄(生理)はどうなっているのか。精子と同じく、体に吸収されて消える構造なのだろうか?胎盤の準備は?etcなど、正直『性別が変わる』という設定には謎が多い。むしろ、『どちらも持っているが、発情期に一方がより強くなる』と考えた方が現実的な気がする。
この場合、男性の外性器は常にある事になるし、女性の生理もある事になる。さすがに性器の形まで事細かには書いていないので、この辺りはさっぱり分からない。

文化については細かく書かれていた。ケメル期は誰にでも平等に与えられている。ケメルに入った者たちは、建物に集まって相手を探す……乱交のような場もあるとも。ただ、基本は一対一の関係で特定の相手としか『ケメルの誓い』は交わされない。

子育てについては『家族郷で育てる』と簡単に書かれていて、よくわからなかった。それは血族がそこに集まって皆で行う子育てなのか。二人が責任をもって育てるのか、それとも母親となった者が中心に行われるのか。もっと別の仕組みなのか。子供の名前はどうなるのか。

性についてやたら詳しく書かれているが、ケメルの相手は一生に一人というわけでもなさそうだった。エストラーベンには過去に三人のケメルの相手がいたことが分かっている。ゲンリーは過去の恋人の話が一切出てこないので、仕事人間で恋愛はしてこなかったのだろうかと思う。
他にケメルの話が出てくるのはカルハイド王。カルハイドの宰相は王のケメルの相手がなるらしい。宰相は頻繁に変わるとあるので、王が飽きたら宰相(恋人)が変わるという事らしい。エストラーベンの場合も同じく恋人であり、政治的に失脚したから恋人の立場から追われたということらしい。王様が間違った相手を宰相に選んだら国が滅びそうだな。


最後の解説に『氷原でそりを引く二人の姿』というイメージから物語が始まったとあったので、いろいろ納得してしまった。氷原のシーンは物語のラスト三分の一ほどをしめている。
雪と氷の世界の描写が細かい。

そしてその極限下で親しくなっていく二人……吊り橋効果かなと思ってしまう。真っ白な世界で話す相手が一人だけなら、親近感が湧くだろう。そして、エストラーベンが何かと世話を焼くので性別はないとなってるけど、エストラーベンが女性にしか見えない。力もゲンリーより弱く、何かと助けられている。役割分担が、ゲンリーが男性でエストラーベンが女性だ。

飢えと寒さに苦しむ描写は迫ってくるものがあるが、ふと……エストラーベンはひげが伸びるのだろうかと考えてしまった。そのような描写がないのでおそらく伸びない……のかなと。対して、ゲンリーもそのような描写はないがおそらくひげが伸びているだろうと勝手に妄想してしまう。

ラストはどうなるのかなと思ったが、エストラーベンが安全地帯に行くまで見送るとゲンリーが言い出し、二人で凍えて死にそうになったところでエストラーベンが警備人の前に飛び出す。ゲンリーは自殺行為だと思ったらしいが、見送るなどと言い出したゲンリーの為に無謀にも飛び出したとしか思えない。ゲンリーには射殺命令も何もないのだから、もっと動きようがあった気がしてしまう。二人で身を隠す意味はあったのだろうか。

もちろんここは『疲れていて、思考が働かなった』という言い訳も成り立つ場面ではある。

エストラーベンの死が意味が分からず、死なせた方が感動的だからという物語の都合が優先されているような気がしてしまう。

設定が凝ってる分、説明的な部分も多く、そのために伝説や民話を織り交ぜて説明的にならないようにしている部分もあるのは分かるが、この世界の伝説や民話が章ごとに挟まれるので、物語の時間軸が断ち切られる。さらに民話の中の登場人物の名前と物語の中の登場人物の名前が一緒なので、一瞬『物語の続きなのか』と勘違いもしてしまう。


全てが男性基準で語られるので『男性の世界』のようにも感じてしまうけど、これはそうじゃなくて、性が一つなら語られる言葉も「一つ」になって女性(男性ではないものの)基準の言葉が必要ないのだと思う。常に『彼』という言葉なのはたぶん、そのせい。でも『彼』という言葉に引っ張られて男性イメージになってしまう。イラスト一枚で良いから欲しい。見た目どうなってるのだろう。
中性的な中年ってどんな感じなのだろう。子供と老人はある程度分かるけど、三十代~五十代あたりの『中性』がイメージつかない。


物語は難解、キャラクターは掴めない。
世界観の凝り方は無茶苦茶好きだけど、価値観の「言わなくても分かれ」は無理すぎなので説明くれ。

凝った世界観に浸りたい人や、真冬の世界描写を堪能したい人はいいかもしれない。……これ、真冬に読んだらそれはそれで「寒くて勘弁してほしい」と思うんだろうな。


読み終わってしばらく考えていて思った。
これ『雉も鳴かずば撃たれまい』に似ている。自分を追いかけている人間の前に飛び出さなければ殺されなかったエストラーベン。『雉』だよね。と思ってしまった。
『雉も鳴かずば撃たれまい』の物語も好き。

語られない部分が多すぎて、正直、意味が分からない物語ではあるけど、語られないから『読者が好きに想像できる範囲が広い』のかもしれない。

好き嫌いが分かれそうな物語だなと思う。私は部分的に好き。

『闇の左手』