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某文学賞の感想。

2026/04/27

第60回北日本文学賞の感想。ただの一読者の感想です。

新聞には選者のインタビューが載っていた。
『説明ではなく描写する』……なるほど、それが難しい。
そして、400文字×30枚=12000文字の短編は難しいとも書いてあった。
三千字をひとまとめと考えて4つかな。でも、そう都合よくは書けない……。


そして、意外と『恋愛作品』が少ないとも書いてある。……そういえば、この賞とってるので恋愛系は見たことないかも。まだ数年しか読んでないけど。なんか『恋愛系』なイメージが北日本文学賞にはないんだよな。男女の交流がどんな形でも恋愛に含まれるなら、それっぽいのはあったけど……恋愛と友情の境目ってどこ?

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さて、感想。今年からタイトルと作者名書いておこうと思った。
『PoET(ポエット) 作:尾野森生』
うっかりラジオ放送を先に少しだけ聞いてしまった作品。放送日しらなかったのに、ラジオを付けたら朗読してた。少しだけ聞いて、眠くなってしまったので聞くのをやめた。

題字は習字でアルファベットだけだったので、ずっと『読み』がわからなかった。ラジオで読みと発音がわかった。特に『発音』って脳内だけで流すとわかんなくなるんだよな。いや。アルファベットだし読みづらいので私は『ピー』と脳内で流してた可能性が高い。アルファベット一音目だけを脳内で流す。読めない字は読める部分だけ拾って読む。

タイトルからつまづいたこの作品。
難しい話なのかなと思ってたけど、意外とスラスラ読めた。父親と息子の微妙な距離感がよかった。父親を『宇宙人』と思ってる部分は自分と重なった。私も子どもの頃に母に言われた『お腹の中に宇宙人がいると思ってた』と。
親子であっても『違う人間』だけど、親子だからこそ『同じ』ような錯覚が付きまとうから違うとわかった瞬間に『自分とは一番遠いもの』を当てはめるのかなと思う。

物語は架空の震災で父親を亡くした息子の視点で語られていく。父親との思い出、そして、死者の言葉を伝えるという『ポエット』というサービスの事が描かれていく。父親の言いたかったことは何なのか。ポエットは本当に死者の言葉を伝えるのか。二つの謎にワクワクする。
そして最後は父親の死んだ場所に立ち、自分の記憶にある風景を探し、それがどこにもない事を知る。

最後が秀逸だなと思う。『記憶と目の前の風景が繋がらない』ように、『父親との思い出(だと思っていたもの)』もどこまでが『本当にそう』だったのかわからない。だから、どこかで勘違いやすれ違いがあったのかもしれないという話とも合うんだよな。終わりまで気を抜かずに読ませるのすごい。


『すみのはな 作:浅野鉄平』
すみのはな……漢字にするなら『隅(はしっこ)』か『墨(習字のスミ)』か。と思って読んだけど、『墨』だった。
物語は習字教室に通う主人公と、主人公と同じ苗字の『コイズミさん』の話。


先に評価を見てしまったので、確かに中学生にしてはしっかりしすぎているような……とも思うけど、習字を習うような子供ならこれくらいしっかりしてるのかなと読み進めた。
同じ名前の人がいるから『ちゃん付け』に呼び名が変わって不満に思う所を考えると中学生っぽいけど、一人で医者に行く(行かせる)のは中学生だとまだ早い気もしてしまう。具合が悪くて医者に行かせるくらいなら親が帰ってきたらいいのにとも思うし、親子関係がおかしいのかなという邪推まで持ってしまった。

全体的にスラスラ読めるのに、医者に行くシーンだけはひっかかる。ここは『気になるもう一人のコイズミさん』に出会うための伏線だと読み進めるとわかる。
でも、年齢設定を考えると親と何かあるの?と思えるシーンもちらほら出てきて、この親ってどういうこと??と首をかしげてしまった。正直、親と主人公の関係がよくわからなかった。静かだからこういうものかなと思って飲み込みつつ読むけど、年齢設定と親との距離感と主人公の感覚がバラバラな感じがして、戸惑う。

でも、物語は主人公の心の動きがわかるし、最後までさわやかで好き。墨を磨るシーンは緊張感があって少しドキドキして読んでしまった。


『声 作:伊藤穂波』
サンショウウオとの生活の話。
……淡々とし過ぎていて、よくわからないまま終わってしまった。サンショウウオとの話と、日常の話題が交互に出てくるけど、印象に残る部分がない。
サンショウウオの無音と人間たちの騒々しさ。主人公は人間の騒々しさが嫌い。……だから、サンショウウオ?
一つだけ印象に残ってしまったのは『米の炊き方にこだわりある夫』なのに、炊くのは妻である主人公の役目になってること。タイマーや予約機能がないアナログな炊飯器だから、夫の帰宅20分前にスイッチを入れるのを忘れる……。モラハラ男だなと思いながら読んでしまった。ただ、それが許されてる時代の人たちなのだろうなとも思う。
他の部分もちらほらと気になる点はあるけど、そういう時代の人の話と思って読んだ。

たぶん、合わなかっただけ。忘れてしまいそうな話だし、忘れると思う。
障害を乗り越える話となってたけど、障害?? 人間の声が苦手って言う部分のこと?乗り越えていた?? うーん。やっぱり私には合わなくて読み取れないみたい。
作中には障害だと明確には書いてないけど、作者へのインタビュー記事には『発達障害のある女性が主人公』となっている。そういう話だったのか。そして、療育も配慮もないまま生きるしかない人生の物語だから、ああなっているのかと思った。
うん。合わない。


―――

今年はネット上で落選作品もいくつか読んでみて『記念応募』という人も存在すると知った。募集要項読むと、応募だけでも手間がかかるので、記念応募でもそこまでして応募するだけの労力を使えるんだから本気なんだろうなとも思う。それを『記念』にしちゃうのはもったいない。来年もぜひ応募してほしいと思ってしまった。ネットに載せてくれたら、読みます。

落選作品を読んだ時に性描写があるものがちらほらあったけど…あまり強くすると難しいなと思う。受賞作品は『ラジオ放送』される。『純文学ならこれくらいの描写はいいだろう』ではなくて、『朗読した時に一般の人が不快に思わないか』を考えた方がいいような……と思った。賞を選ぶのは選者だけじゃなくて、ラジオ放送時の一般市民も背後にいる……だから、性描写や暴力描写が強いものが賞にはでてこないのだと思う。
文学は何でもありだけど、ラジオ放送(放送後はネット上で聞くことが出来る)はそうではないから。

でも、最初から『硬めの作品』が続いてるみたいだから、ここで方向が変わることもないと思うけど……。硬いのはラジオ放送があるから……だと思うんだけど、どっちが先なのだろう。硬いからラジオ放送もしてるのか、ラジオ放送もしてるから硬いのか。


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