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「同志少女よ、敵を撃て」を読んで

2024/07/22

同志少女よ、敵を撃て 単行本 – 2021/11/17 逢坂 冬馬 (著)
同志少女よ、敵を撃て

「同志少女よ、敵を撃て 作:逢坂冬馬」を読んでみた。

思った以上に、気持ち悪い物語だった。
戦場のリアルさはない。やたらと女性を強調してるけど『男性の理想像としての女性』しか出てこない。

戦場のリアルさって、『弾丸飛び交い、死体の山が積み重なる描写』という意味なら、リアルなのだろう……経験したことがないから、戦争映画と比べるしかない。
でも、私が欲しいのはそんな戦争映画みたいな風景描写のリアルではなくて、『戦場の人々の心理状態』のリアル。
主人公、恐ろしいことに最後まで『クソ真面目』すぎて、逆にこういう発狂状態なのかな……と考えてしまった。
だったら、真面目を貫いて欲しいのに、『ズルい』部分はそのままなのでリアルさもなければ、ファンタジーも半減。都合がよすぎる気持ち悪さだけが残った。

主人公の正しさはただの『ネタ』として消費されている。女性が戦場に行く事の意味が何もない。これ、男性でいいのでは?クソ真面目な男性が、クソ真面目に女性を守る物語の方がまだ読めた。やたらと男女の対立みたいなもので書くけど、男性だって一枚岩ではないように女性だってこんな一種類だけではない。

そしてラスト、『戦争は女の顔をしていない』が出てきた。え。この物語で、これを出すの?
『同志少女よ、敵を撃て』よりも『戦争は女の顔をしていない』の方がもっとリアルで残酷なのに。このぬるすぎる物語で、語った気になってるの怖い。



不満しかない。
最初から、気になった点を書いてみる。

『全員が髪の毛をばっさりと切られた。(略)慣れ親しんだお下げを切ったセラフィマは、特に悲しみを覚えなかった。』61p
髪は女の命っていう程度の事ではなくて、ロシアでは女の子のお下げはとても大切なものでステータスらしい。なので、あっさり『悲しみを覚えなかった』で終わるなら、書かないで省いてほしい。書くならしっかり説明しろと思う。

『女性同士のキスは、ロシア人にとって友人にする挨拶であり、特に珍しくもないが、親愛の証でもある。』112p
え??そうなの?と思って調べたら……男性同士でも同じ意味でキスをするとあった。つまり、同性間のキスが珍しいわけではないという事らしい。
でも、男性が変な目で見てきたという描写があるの意味が分からないなと思う。同性間のキスが文化としてあるのに、なんで女性同士のキスには目を止めるの? そして、男性間のキス描写もない事が不思議。女性同士のキスだけ書くのって、そういう『女性同士の恋愛もの』にしたかっただけ? それはそれで、気持ち悪いな。

『「生理、ちゃんと来てるか」』190p
なんですか、この気持ち悪い質問は。女性同士なら、聞いてもいいって事? んなわけねーだろ。
その後も「健康を大切にしろ」という謎な事を言う看護師(看護師もおかしい……戦場なのだから看護兵。もしくは、この時代なら女性は看護婦)
戦場で何を言ってるんだろう。殺し合いしてる時に、身体がまともな生理周期を保つわけないだろ。しかも、生理用品なんて配布されてない。(女性下着の配給もないのだから、生理用品なんて来るわけがない)『ない方がいい』というセラフィマの方がまともだ。

女性は体を大切にしなきゃな……っていう男性作者の気持ち悪さが見える。
『戦争は女の顔をしていない』では生理の大変さについてもっとリアルなあれこれが書いてあったのに、それをすっ飛ばして『生理の心配をする看護兵』を出してくるの悪趣味だと思う。血が止まらなくて困ったとか、余った布や使える布は当て布に縫い直したとか。それでも生理用品が足りなくて、血が溢れて太ももで固まって傷をつけるというのとか……すごい話がこれでもかと書いてあったのに。あの話、どこ消えた?

『殺した数を自慢した。』266p
セラフィマが戦場で敵兵を殺してハイになっているシーン。周りのみんなが冷静に『異様なものを見る』ような目でセラフィマを見ているとあるけど……これ、むしろ、冷静な周りの方がおかしい。こんな生きるか死ぬかの場所で『まともでいる』方が狂ってる。看護兵が『スコアの話をするな』と怒鳴りつけるのはまだ分かる。だって、看護兵は殺す側にいないから。ただ、殺す側にいないから、そんな事を言える発言権もないのではと思うけど、なぜ看護兵とその他兵士が同等の立場なの?


『「正面にいるドイツ軍は、あなたたちが大勢なのか少数なのかを見極めようとしている」』283p
ドイツ兵の情婦サンドラがドイツ軍の話をするシーン。
これ、最初にドイツ兵の情婦だと知られて殺されてないのも不思議だったし、この後も殺されずに逃がす段取りまで付けちゃうの意味が分からないなと思う。そして、情婦の説明もなんていうか歯切れが悪い。『女性は悪くない』事にしたいという思いが透けて見える。実際、善悪では語れないものなのだけど……でもこれの地獄は『敵の情婦になる』という事ではなくて、そこで子どもができてしまうという事なのだけど。そこがするっと消えてるのおめでたいなと思う。
敵の子どもを妊娠した事を知って、死を選んだ女性の話は欠片も出てこない。産んだとしても、地獄だけど……性暴力(レイプ)だけに焦点があったってるの、ほんとおめでたい男性の話だなと思ってしまう。

『良い変化。赤軍がついに女性用下着の導入を実施したので、女物のパンツとブラジャーが手に入るようになった。』338p
つまりここまで、女性用下着なんてなかった。これ、『良い変化』で終わってるの脱力するわ。しかも確か、彼女たち『狙撃兵』だったよね。銃撃のアレコレをここまで散々書いてあったけど……そう言えば、ブラジャーがないって事は乳が大きいと揺れるわけで、それで的がずれるみたいなのはなかったのかなと思う。
男性の体格に合わせた訓練だと女性には合わない部分って出てきそうだけど、そういう細かい描写はもちろんない。女性ならではの『狙撃で気を付ける点』……一つも出てこない。
そして、『下着がない』なら付けてなかったわけではなくて、代用品を必死で探して使ってたわけで……もちろん、そういう女性ならではの話は一切ない。パンツはたぶん男性用があっただろうけど、体に合わないので作り直すとか、ブラジャー分の布をどこかから調達するとか……そういう話は『戦争は女の顔をしていない』に書いてあった気がする。

『「村の虐殺を止めるために、何かをしたのか」』424p
セラフィマの敵、イェーガーに聞いた質問。
戦場を知ってる人間が、こんな事を聞くのおかしい。しかも、この直前にセラフィマは子供を撃っている。自分を狙っていたからという理由で。
イェーガーも自分の軍の司令官を狙ってた人間(セラフィマの母)を撃っただけ。セラフィマが気持ち悪いほど、『他人には厳しく』『自分には甘い』ので、吐きそう。

この少し前にも、幼馴染と『ドイツの女性を犯してはいけない。あなたはそんな事をしないで』と言うような話をしてたけど……。このピュアなキャラはどこから来てるの?

タイトルは『幼馴染がドイツ女性を犯そうとしたから殺した』……というぶっ飛んだオチだった。今まで『女性を守る』と言っていたわけがわかった。さらにほかの女性キャラは『子どもを守る』という。
戦争ってさ、そういう気持ちだけを国に利用されて、実際は戦場で『わが子を殺す親』がいるし、そうしないといけない状況に陥る。
男性たちが『敵を撃て』で済んでる間に、女たちはわが子を殺すか生かすかの選択肢を迫られる……そういう話も一切出てこないな。みんな『家族を殺されている』って……たぶん、戦場で『家族が死んでいる』ことがわかるだけでも幸せよ。下手したら、一生行方が分からなくて、生きてるか死んでるのかもわからないというケースが沢山あっただろうから。


『幼馴染がドイツ女性を犯そうとした』っていうのも……ドイツ軍が降伏してきた後で、市民女性を捕まえてということだけど、これ、上官なんだから往来で部下の目の前で女を犯そうとするのおかしくない?
もう死ぬしかないんだっていう破れかぶれならまだしも、背後に自分たちの陣地みたいなのが設置されてるんだから、公開プレイをする必要なく『自分の部屋に連れ込んでやる』でいいのでは?公開プレイをしようとしたの何??それだけ狂ってるっていう描写??

物語としては主人公が幼馴染を殺すシーンのためにもそうする必要があったのだろうけど……そういうのが見えると、萎えるしここまで違和感ありまくりだったのに、『タイトルのオチ』シーンがあまりにも雑過ぎて驚く。
幼馴染がキーパーソンなら、戦争前に幼馴染から貰った何かを戦時中もずっとお守りにしてたとか、もう少し幼馴染との繋がりを書いて、「殺そうとするためらい」にしたらいいのに……。数年会ってない幼馴染なんて他人と同じでそこまで迷わず殺せそうとすら思ってしまう。実際そうしてるし。

さらにいえば、この味方への攻撃を主人公は平気で敵兵のせいにする。……キャラの正義感どこ行った?都合のいい正義(女性を守る)をひっさげて、他の男は味方であっても踏みつけていいって、どんな倫理観だよ。
全くひとかけらも共感できない。せめて最後に、この地獄に引き込んだイリーナを殺してたらわかるけど……。それもしてない。だってイリーナは女性だから。果てはイリーナと戦後仲良く暮らすという謎シーンまで追加されてる。
女性にはとことん甘すぎる。ここまで潔いなら、いっそのこと『私は女性だから全てが許される』とでも書いてあったら面白いのに。

ラストまで、セラフィマが『まとも』なつもりなのも気持ち悪い。誰も狂わないし、苦しまない。
ただ、だからこそ逆に『自分が正しい』と思わないと生きていけない狂った状態だったのかもしれないけど。
いや。それにしても、平和すぎるだろ。平和すぎて、吐きそう。村に戻って、村を復活させた?女がどうやってよ? 百人殺した狙撃兵だって言い伝えられてる? んな馬鹿な。
『戦場で千人以上の男とやりまくった売女』って言われるのがオチだし、おそらくそう言われた女性たちはたくさんいる。
手の欠損だって『ドイツ兵に掴まって拷問を受けた後、あいつらとやって子供は流れた』とか、勝手なうわさがついていそうなものだけど。それもなく、『狙撃兵』として名が残ってるなら、それは幸運な話でしかない。


さすがにこれを女性のための物語とは言わない……。男女を対立させすぎなのに、女性の苦労はひとかけらも書かれてない。
『戦争は男の顔をしている』が書かれてるだけ。男の顔の戦争を『女の面(女性主人公)』で書いている。えぐすぎる。


これ、昔、最初の部分だけを読んだときは引き込まれた。ファンタジーだと思ったから。後から、これは小説投稿サイトに載せていた(今は削除済み)と知って、ああ。なるほどと思ってしまった。投稿サイトの反応を見て修正したともあったので、『投稿サイトを好む人たち向け』にキャラにリアリティがない。戦場や武器の描写は細かいけど、そこは素人には理解できないので『そういうもの』として読むしかない。
でも、表紙は『前髪を下ろしているのはおかしい』というレビューを見かけた。射撃の邪魔になるから後ろでまとめるという事らしい。撃つ人だと違和感ある描写があちこちにあるのかもしれない。

レビューを先に見てたので、期待値はそんなに高くなかったけど、それでもがっかりしてしまった。酷い。

戦争の本ならば『戦争は女の顔をしていない』(戦争従事者へのインタビュー)  『南ベトナム戦争従軍記』(従軍記者日記)  『ひまわりの森』(戦時中のドイツの傷を戦後も引きずる家族の物語・小説)をお勧めしたい。



『同志少女よ、敵を撃て』