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「ハンチバック」を読んで

2024/07/14

ハンチバック 単行本 – 2023/6/22 市川 沙央 (著)
ハンチバック

「ハンチバック 作:市川沙央」を読んでみた。

芥川賞受賞で話題になってたから、感想や批評はあちこちでみかけてた。
本の薄さは手に取ってみないと分からない。中身は濃厚すぎて、すごかった。障がい者の話……という認識だったけど、いや。もっとすごい。『弱者』の物語だと思った。

怒りのエネルギーがバシバシ伝わってくる。怒りって言うか恨みかな。なんていうか。言葉のチョイスがすごすぎる。すごすぎて……私がまだ理解できてない単語が混ざっていて調べなければと思う。

そうでなくても初っ端から、聞きなれない単語連発しすぎてる。
『ハプバ=ハプニングバー(読めばわかるけど、一瞬ぽかんとしてしまった)』
『ペアーズ=マッチングアプリ(ネット広告で見てなかったらわかんない)』
『ワセジョ=早稲田大学女子学生』
『WordPress=ブログを作るためのソフトウェア(または、ブログサービス)』

初っ端だけで単語の大洪水にやられた。シーンもまた……え。えっと?そういう話だったかな?と頭が追い付かなかった。
単語自体は聞いたこともあるし全く知らないわけでもないけど、ぱっと意味が出てくるようなものでもないので戸惑う。ワセジョ……考えちゃったよ。

医療系のシーンの方がまだ何となくイメージができて読みやすかった。

『インセル=自らを「異性との交際が長期間なく、結婚を諦めた結果としての独身」と定義する男性のグループのこと Wikiインセルから』
『ルサンチマン=弱者が敵わない強者に対して内面に抱く、「憤り・怨恨・憎悪・非難・嫉妬」といった感情 Wikiルサンチマンから』

この二つは聞いたことがあるけど、意味が掴めていない単語だったので調べた。中々、濃い意味だな。


<普通の人間の女のように子どもを宿して中絶するのが私の夢です>17p
主人公は背骨の曲がった姿の障害者の釈華。妊娠するかどうかも分からない身体で、中絶を望む……。これ『女性だからそう思わされてる』という部分もある。
女性は『妊娠したい、しよう』の前に、『妊娠できるならやれ』という社会的圧力がずっしり乗ってる。それは障がい者であってもある意味では逃れられない感じでのしかかってるのかなと。『生理があるなら、出来るだろ』みたいな……そういう圧。逆に『生理がない=妊娠できない』なら『女ではない』という圧もあるけど。

なんていうか、『障害者』という立場があると『女性』が消されそうだけど、しっかり『女性』もはいってるんだよね。いろんな意味で。これ、『障害者』に引きずられると、『健常者を羨ましがっている障がい者』に見えそうだけど、それだけじゃないと私は思う。


『高齢処女重度障害者の書いた意味のないひらがなが画面の向こうの読者の「蜜壷」をひくつかせて小銭が回るエコシステム。』37p
エロいのかギャグなのか、よくわからないけどリズム感良くて好きと思った文章。
この前のシーンは官能小説について書いてある。官能小説で♡をつける「♡喘ぎ」という技法が勢力を増している……と書いてあったけど、♡付ける喘ぎは、昔から見かけたような。10代が書く小説だと昔からよく出てくるんだよね。字数が稼げるって言うか、たぶん、雰囲気が出るからだと思う。文字で説明するより絵で見せる感じが10代。……私が見たのは『ケータイ小説』か。今は絶滅してるけど、ああいう系統の10代向けサイトは昔から『♡』が付くので、最近増えたように見えるという事は、10代作品との遭遇が増えたのか、もう少し上の年齢になっても♡で書こうとする人が増えたのかのどちらかかな。


釈華は介助スタッフの男性に金を払ってセックスを試みる。最初からエロス全開だったけど、所々、きわどい話題がバシバシ入る。
セックスシーンも「こういうの嫌い」という話題から入るの良いなと思う。釈華は「嫌い」と言ってるのに、男性はやる。男性は『無頓着にそうしている』のではなくて、かなり意図的……つまり、意地悪だと分かっていてやる。金で買われる自分に苛立ちを感じてそうしてるみたいなのが、いいなと思う。

男性も『弱者男性』だと自分を自覚してて、つまり弱者の物語。障害という弱者。女性という弱者。男性という弱者。これでもかと弱者が出てくる。

セックスは結局、精液を飲み込もうとしたことで精液がのどに絡んで肺炎になって病院行きになり、最後までしてないのだけど。
これ、障害者だから『誤嚥性肺炎』になっただけっていう事になるのかな。精液は雑菌の温床だから、飲み込むと喉頭がんになる可能性もある。つまり、健常者だって精液は飲まない方がいいんだけど。そうやって考えると、釈華は一つ『健常者と同じく、精液で病気になる』という経験をしたのでは?と思ってしまった。いや。たぶんこれは私勝手な読み方で、そういう意図は作品にはないのだろうけど。

そして、今の時代『精液を飲む(または飲ませる)』行為は当たり前になっていて、一般書籍にすらカジュアルに出てくるんだなと暗澹たる気持ちになる。それR18の特殊性癖で普通の人がやるものではなかったと聞いたけど。そういう世界の人たちがやっているという描写ならまだしも、情報アクセスが大変な障がい者ですら『精液は飲むもの』と思い込むほど情報が氾濫してるの狂ってる。

男性が自らの精液を飲んでみた感覚や感想が書かれた作品を読んでみたいわ。(BL以外。男女カップルで)


セックスは途中で終わるし、お金は渡してないし、男性はスタッフをやめてしまう……というところで、物語が終わるのかと思えば、シーンががらりと変わって風俗嬢の話になる。


噂の……『いらないのでは?』という最後の全く別の物語。

でも、私はこのシーンがあった方がいいなと思う。風俗嬢もまた『弱者』であり、子どもをはらむ事で恨みを吐き出そうとしている……ように思うから。でも描写がなんていうか『バカで考えなしの風俗嬢』みたいな部分もあって、どうなのかなとも思う。これ男性から見た話として書いてるのか、『バカみたいなこと』もあるけど『ちゃんと考えてる』というオチになってるのも……いや。むしろ性風俗に接していて、狂ってるっていう話になるのか?

妊娠したいを『恨み』に使う事が悪いとは思わないけど、これってただの自傷行為で他者は誰も傷つかないのも……救いがない。


話は戻るけど本を読む事との恨みもあった……書店は地方では衰退してて『簡単に行けない場所』になってるんだよなと思った。読むだけで大変だ……という話はそうなのだろうな……とは思うけど、私は紙の手触りやページが減っていく感触が好きって言い続けると思う。好きは好きでいいし、悪いことではない。
でも『紙の本だけでいいわけじゃないよね』っていうのはそうなので、音声や電子書籍も必要なことは頭の片隅に入れておきたいなと思う。


短いのでサクッと読めたけど、濃厚で重い。
弱者についてやその他いろいろ考えさせられる本。



『ハンチバック』