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「韓国・フェミニズム・日本」を読んで

2025/01/25

小説版 韓国・フェミニズム・日本 単行本 – 2020/5/26
チョ・ナムジュ (著), 松田青子 (著), デュナ (著),
西加奈子 (著), ハン・ガン (著), & 10 その他

小説版 韓国・フェミニズム・日本

「小説版 韓国・フェミニズム・日本 」を読んでみた。

韓国と日本の作家さん12人の短編集。
どちらかと言えば、韓国の雰囲気が強めなのかなと思った。日本が舞台の作品もあるけど、日本らしさは少ないような気がした。

『離婚の妖精』 チョ・ナムジュ 小山内園子/すんみ:訳
子供の友人の親が離婚して……という少しややこしい関係に戸惑った。韓国の名前が耳慣れないせいもある。名前だけだと性別すらわからないので、戸惑ってしまう。
同性愛と家父長的な男のプライドとの話なのかなと思った。でも、元夫婦は最後まで分かり合えない。このわかり合えなさがリアルで読みごたえがあった。
あれこれと理屈をつけて『何とか理解しよう』と試みる男性と、『語りながら理解できないことを理解してしまっている』女性。子供の友達夫婦が『暴力が酷くDVをしつづけ、話も出来ない』ことと対比すると、主人公の男性(これは男性視点の物語)は自分はマシだと思っている。主人公の男性が何をしたのか、また、しなかったのかは書いてない。ただ、離婚時は大変だったと出ているだけ。おそらく『マシ』ではあったのだろうけど、育児協力できる関係は構築できなかったのだと思う。男性視点なのでそれは書いてない。こういうのもリアル。『自分は何がダメだったのか』がわからず、ただ『離婚時に責められて辛かった』という感情だけが残っている。だから女性は『男性が理解できないことを理解して』しまっているんだよな。
最初から、かなり重めのものが入って来たなと思った。

『妖精』の意味が西洋的な神秘の意味で捉えていいのか、『座敷童』みたいな妖怪的な意味合いなのかと少し考えてしまった。物語としてはどちらでもよさそうだけど、文脈としてどいういう意味合いが含まれてるのかなと。

『桑原さんの赤色』 松田青子
〈女性募集〉という不思議な紙を見て応募した女性の話。

『「はじめから正社員は募集してないし、給料も安いし、業務もたいしたことないですよ、ってちゃんとその中に含まれてるの。』54p

吐きそうになってしまう。『女性募集』の意味を説明した文章に。でも、リアルだなとも思う。私が大人になった時はもうそういう募集が出来なくなっていたけど、『女性が活躍中』『子育て中でも働きやすい』だとか、女性が多い写真を使うとか、そいう他の部分で暗にそういう意味を含ませる募集はあった。男性の場合は逆で。で、うっかり業務内容だけを見て応募すると「女性は募集してないです」とはっきり言われたり、言われなくても面接で「本当に出来るの?女性いないけど?」みたいなことを言われる。もちろん、落とされる。
小説ではその職場はセクハラもパワハラもない平和な職場だったとあるけど、その平和な職場でも価値観は古いままっていう話なのがもっと怖い。そして、それにひっそりと抗う桑原さんの怒りの赤色。大きな声では言えないから、このやり方というのが、小説らしくていいなと思う。

『追憶虫』 デュナ 斎藤真理子:訳
追憶虫が人の身体に入り込む話。最初は虫が人の記憶を改ざんしていくとか、知らないうちに乗っ取っていくみたいな話かなと思ったけど、そうではなくてもっと淡々としていた。知り合いの愛猫の記憶と感情が周囲に少しだけ混ざっていく。その気持ちは主人公のものか虫のものかという少し神秘的な話。

『韓国人の女の子』 西加奈子
朝鮮籍の男の子と日本人の女の子の間の話。どちらの差別もつらいと言い合って、間に『韓国人の女の子』という空想の女の子になり切って許し合う。

『いつからか、誰かの「正しさ」のために戦おうと思う時、「正しいこと」をなぞろうとする時、「正しいこと」を話している時、体のどこかが軋むようになった。』114p

正しさが一筋縄ではいかないことを書いてるのかなと思う。正直、言葉が汚くてちょっとな……と思いながら読んだけど、この言葉の汚さこそが『投げつけられた侮蔑と差別の結果』なのだとしたら、綺麗な言葉じゃ届かないんだよね。いろいろと考えさせられる作品。

『京都、ファサード』 ハン・ガン 斎藤真理子:訳
もう会えない友人へのレクイエム……みたいだなと思った。

『他人に見せている、それぞれの原則と習慣によって形の決まった、世の中に向けている建物の前面のような、態度や性格の全体のアウトラインのこと。』127p
ファサードの意味がこう書いてある。文章が全体的にふんわりしていて、詩を読んでるみたい。それでも友人とのあれこれが読み取れる。そして、『自分が相手に何も見せてなかった事』『なのに、自分は見せてもらえるものだと思い込んでいたこと』のちぐはぐさに苦しんでいたことも。最後まで『わかっていない』ことだけはわかっている。
『わかっていない』ことも理解できなかった最初の【離婚の妖精】とは違う畳み方だなと思いながら読んでしまった。

文章がふんわりしすぎてて、これ、かなり難読な作品な気がするんだけど。話題の人だから期待してしまったけど、難しすぎる。読み取れている自信がない。

『ゲンちゃんのこと』 深緑野分
在日韓国人のゲンちゃんの話。
無邪気な主人公がかわいいけど、それはそれで残酷だなとも思う。知ってしまったがために、自分の無知と周囲の悪意に気が付いてしまう。ただ、現実はもっと残酷で『大半の人はその流れに流される』
それが悪意だと知りながらも、『自分の中にそれを取り入れて、そう行動してしまう』
この物語は『気が付いた』時点で終わっているので、その次にどんな行動をしたのかがわからないけど、流れに逆らう方が難しいんだよね。

『あなたの能力見せてください』 イ・ラン 斎藤真理子:訳
男と女のいる世界を作った神様にFの評価を下すお話。

『私は小さいときから、自分が男なら良かったと思って生きてきました。でも、どう見ても女に見える体を持っているから、「じゃあ、私自身は中性だと思って生きてみよう」って決心したんですよね。』172p
初っ端からLGBTの話で、中身もそういう話が続く。これ『男なら良かった』ではなくて、女の身体が不便すぎるとか差別されていることも入っていそう。でも、そういう話にはならない。ただ、セックスで凹凸の身体の違いがあるのはおかしくて、そんな世界を作った神様に文句を言う。こういう時、『神様』の存在って便利だなと思ってしまった。

『卵男』 小山田浩子
韓国に行ったときに、卵男に会う話。
卵男のシーン以外はエッセイなのかなと思うくらい描写が細かい。韓国の市場の雰囲気が伝わって来た。

『デウス・エクス・マキナ』 パク・ミンギュ 斎藤真理子:訳
神様が地上に降りて来る話。
SFジャンルなのだろうか。神様が地球を食べたり、排泄したりするのは面白いなと思った。でも、よくわからない。

『名前を忘れた人のこと』 高山羽根子
とある作品と名前を忘れた人の話。
じわじわと一つづつ物語が開いていく感じに見えたけど、結局核心には近づけない。韓国と日本の交流の話。

『水泳する人』 パク・ソルメ 斎藤真理子:訳
冬眠を見守る主人公と友人の話。
正直、話が上手く掴めなかった。友人とあれこれするのを楽しむのはわかったけど、どうしてそうなっていたのだろう。

『モミチョアヨ』 星野智幸
韓国男子になった日本男子の話。
韓国では女性が男性を怒鳴りつけてることが多い気がするという話から始まる。日本男子の主人公が恋人と韓国で暮らして、韓国に染まっていく。一人称が『キャラの名前』なので最初は、三人称で書かれてるのかなと思ったけどそうではなくて、『私』や他の一人称がしっくりこないから名前で書かれていると説明してある。……だったら、ジェンダー解体やそういう方向の話なのかなと思えば、特にそうでもなかった。単に一人称だけが気に入らないから使わないというだけ。男扱いされるのは問題がない。
テンポよく読めて楽しかった。



最初の『離婚の妖精』のインパクトが強すぎて、他の作品がかすむ。男性を主人公にしながら男性批判してる作品はあまり見ない気がした。主人公自体にわかりやすい差別があるわけでもない。でも、周囲の対応がじわりとその気配を匂わせる。匂わせだから気が付かないとスルーしそうだけど、明確なものがないからタイトルで明確にしてるのかなとも思う。

『「とにかくさ、君は不幸な奥さんたちを助ける離婚の妖精じゃないんだし……」』37p
これは主人公のセリフだけど、このセリフを元妻に言えるのが醜悪なのよね。これだけで、それまでどんな対応を元妻にしてきたのかがわかるくらいには醜悪。なんていうか、この作品が一番すごいなと思う。

でも、印象的なのは『韓国人の女の子』だし、個人的には『桑原さんの赤色』も好き。『ミミモチョアヨ』のコミカルさも読んでいて楽しかった。


『優しい暴力の時代』を思い出してしまった。これも韓国人作家の短編で面白かった。

ごちそうさまでした。



『小説版 韓国・フェミニズム・日本』