いつか猫になる日まで 単行本 – 1996/3/22 新井 素子 (著)
「いつか猫になる日まで 作:新井素子」を読んでみた。
「絶対猫から動かない」の元になった物語らしいという事で気になって、手にしてみた。260pほど……よかった。600p越えの大作ではない。と思いながら読んだ。
作者さんが10代の頃に書いたというだけあって、文章が瑞々しいなと思う。単行本になるにあたって文庫のものを手直ししたとあとがきにあったけど、なるべく残せるものはそのままにしたらしい。
『下手なんだけど、十代でなければ書けなかった微妙な要素が確かにこのお話にはあって、それがこのお話のいい処なのかもしれない』p257
こういうの良いなと思う。残してくれてありがとう。私も10代の頃の作品はその作者の『基』みたいなものだと思ってるから、なるべく残した方がいいと思うし、読者としても読みたくてたまらない。
そして「猫から動かない」でも思ったけど、この作者さんキャラの書き分けは無理なんだから大人数出さない方がいい……と思ってしまった。男性と女性キャラぐらいしかわからない。
さらに広げた風呂敷を仕舞わないのも、一緒なのねと思った。『地球に引き取ることにしたヴィスたち』を放置して、宇宙行くってどういうこと?? 「~動かない」の『三春ちゃん放置(ラストは三春ちゃん視点)』もどうかなと思ったけど、それがこの作者のオチなんだなと思う。広い世界観の一部を切り取って書くだけなので、放置された部分は放置したままという感じなのかなと。
違うのは文章がとても丁寧だなという部分。誰が何をしたということを細かく書いてある。説明もしっかりしてるので物語が迷子になることはない。
ただ、男女の恋愛部分が……何というか、古臭いなぁと思ってしまった。これはもう、仕方ないのだろうけど。この時代なら、こうなんだろうな。そして、タバコを吸うシーンが多いのも時代だなぁと思ってしまった。そういう古さはどうしようもない。
気になった部分。
「月月火水木金金なんてやってたら、疲れて仕方ねえもんな」p91
この言い方、今では死語じゃないかなと思ってしまった。でも、懐かしい言葉。
「女の子って、花もらったら、理由もなく喜ぶもんだと思ってた」p105
古い。今どき、そんな男性いるのか? いや。いるかもしれないのか。でも、人の家の庭から拝借してくるのは、今の時代はないと思うな。
「それにしても、何年か後、地球人が本格的に宇宙へ進出しだしたら、驚くでしょうねえ」あさみは笑ってる。「宇宙空間に机だのTVだのがただよっているんですもの。」p168
これ、今はスペースデブリ(宇宙ゴミ)と言って、結構問題になってる。創作で書かれたことの大半は現実に起きると思っていいので、この本が書かれた時代なら『あり得ない』だったろうけど現代は『あり』になってるんだよな。もちろん、宇宙に漂ってるのはテレビや机ではないけど。
それにしてもこのあとがきで『化け物』が出てくる話を書こうかなみたいなことが書いてあったけど、それが「~動かない」の物語になったのだろうか。続いてないけど、要素がいろいろ被ってて比べるのは楽しかった。
『神様がいる世界』も、楽しい。こういうのがこの作家さんの『核』みたいなものになってるんだろうなと思える作品。