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「パラダイス」を読んで

2025/05/03

パラダイス 単行本 – 1999/2/1 トニ・モリスン (著), 大社 淑子 (著), Toni Morrison (著)
パラダイス トニ・モリスン・コレクション

「パラダイス 作:トニ・モリスン 訳:大社淑子」を読んでみた。

黒人の町で起こる物語。黒人たちの町では男たちが威張り、近くの修道院に女たちが駆け込む。やがて、男たちの不満が修道院の女たちに向けられて悲劇が起こる。
というのが大筋で、物語は時間を行ったり来たりしながら、町の歴史と修道院に関わる女性たちの出来事を語る。

……登場人物が多すぎて、把握できなかった。
修道院の女5人と+数人の女性が限界。男性たちは数が多すぎなのと、どれもろくでもないので、頭に入ってこない。男の名前が出てきたら『町の誰か』程度まで理解を落として読み進めた。人名が記号に見えてしまった。さらにそこで、男女間のあれこれが複雑に絡まり合うので、お手上げ。誰が誰の子供を産んで、誰が誰とセックスして、誰と誰が結婚してるのか。そして、誰と誰が兄弟で、誰と誰が姉妹で、誰と誰が親子なのか。そういう人間関係が入り乱れてるけど、相関図がほしいレベルで複雑すぎて理解するのを諦めた。

修道院の女たちはみんな、かなりイカレテいる。突飛な行動が多いけれど、親切で助けを求める女たちには優しい。けれど、最初からみんながこうだったわけではない。最初はシスターたちがいた。そこに迷った女たちが入り込んできて、変わり者が増えていった。
助けを求めるのが『町の女』たちなので、その部分でも『町の男』たちからの反感を買う。また、町の男たちの一部は修道院の女たちと恋人関係になったりしたので、それを隠したい男たちもいる。

そして、その色々あった結果、男たちは修道院の女たちに怒りや恐怖を持ち襲撃を行い、殺戮を行う。そして……。

最後はファンタジーすぎて、少し拍子抜けする。

物語の前の文章

『というのは、
   数多くの罪や、淫乱
   不名誉な情熱、
   うつろいやすい快楽にひそむ、
   楽しみは多いからだ。
    それを男たちは大事にする。』5p
男たちの快楽とそれに奔放されながら自由な女たち物語なのだろうな。女は自由ではあるけど、その自由は『社会(町)から隔離』されている時にだけ保障されるし、常に脅かされる。
男たちは不自由だけど、あらゆるものを手にするチャンスはある。

目次ごとに見ていく。
*ルービィ
修道院を襲撃する男たちのシーンから物語が始まり、不穏さだけひしひしと伝わる。徐々に町のざっくりした成り立ちと、ルービィが町を作った人たちの妹の名前を『町の名前』にしたということがわかる。

*メイヴィス
自分の赤ん坊を殺してしまった女性が修道院にたどり着いた物語。

*グレイス
父親から逃げた娘が修道院にたどり着いた物語。

『「おれは父親なんだぜ。娘の気持ちはおれが決める」
「その通りさ」』74p
町の男たちの傲慢さがわかるセリフ。同意しているのも男。確かめるではなくて、『決める』

*セネカ
傷ついて修道院にたどり着いたセネカと名付けられた女性の物語。

『彼らの心を岩にし、永久に変えてしまったのは、妊娠した妻や、姉妹や、娘が宿を断られるのを見る恥辱だった。』111p
奴隷から解放された黒人たちがさ迷っていた時、妊娠している女性たちすらも宿に入れてもらえないことに男たちは無力感も持っていた。これも意図的に『男たちの傲慢さ』も含めて書いてあるのだろうなとも思える。

『白人を非難しているのはいいが、彼ら自身をも非難していた』120p
オーブンについて男たちが議論するシーン。若者たちは新しくしたいといい、古参たちは今のままでいいと言い争う。若者たちは白人(アメリカ人)を非難しながら、アフリカ人のこともまた自分たちとは違うものだと思っている……。世代が経ちすぎて、アフリカにルーツがあるという感覚を失っていることを老人たちは嘆く。こういうの、たしか『ルーツ』にもあったような。移住してしまうと、世代が経つと元の国との繋がりが薄くなっていくというのは他でもあるというのを他の本にも載ってたような。思い出せない。

『たぶん二軒の養家の両方の母親から気に入られ、愛されていたのだろうが、母親たちが好意を持ったのはセネカ自身ではなく、彼女が叱責をおとなしく聞き、与えられたものを食べ、持てるものは分ちあい、けっして一度も泣かなかったためだということを彼女は知っていた。』115p
こういうのってよくあるんだよね。自分にとって都合よく動いてくれるから好意を持つのは悪いことではないとは思うけど、相手がそれを苦痛に思っていたら、成り立たない。セネカも養家を出ている。

*ディビアン
養家から逃げ出した女性が修道院にたどり着いた物語。

『愛はひとえに神の賜であり、いつもむずかしいものです。もしやさしいものだと考えるなら、あなた方は愚か者です。自然だと考えるなら、あなた方は盲目です。それが神であることをのぞけば、それは理屈も動機もない、学習によって学び取る実際的教訓なのです。』161p
何、この怖い言葉。これ、聖書の中にある言葉?それとも、この物語の言葉? 事実を突いている感じがして、素敵すぎる。『愛は学習によって学び取る実際的教訓』つまり、学ばないと(気が付かないと)手にすることができないってことかなと思う。

『パラスは男たちの間に乗りこんだ――(略)――そして、できるだけ彼らから遠いところにすわった。その女性が、彼らの母、姉、伯母か――彼らを押し止める影響力のある人だといいのに、と祈りながら』197p
男ばかりの車に声をかけられて乗り込む女の子の心境。車に一人の女性がいたから、乗る勇気を振り絞った。この後は、一応何事もないけど、ドキドキはさせられる。そして、こういう男だらけの車に声かけられると怖くて、断ることも出来ないみたいな感じもよくわかる。

*パトリシア
町の歴史を調べてる女性の物語。

『十世代というもの、彼らは、自分たちがなくそうと戦ってきた差別は自由対奴隷、金持ち対貧乏人の差別だと信じていた。つねに、ではないが、ふつう、白人対黒人の差別。ところが、いま、彼らは新しい差別を見た。肌の色の薄い黒人対濃い肌の黒人。』218-219p
同じマイノリティの中でも差別は常にある。この物語でもそれが語られる。

『あなたはどこか外国の黒人と一体化したがっているけれど、どうして南アメリカじゃいけないの? または、さらに言えばドイツだったら?』237-238p
黒人同士の会話シーン。片方は祖先はアフリカだといい、片方はそんなのどうでもいいという。こういうの語ってくれる祖父母、曾祖父母がいいたらわかりやすいのかもしれないけど、語ってくれる人がいないと先祖のルーツなんてわかんないんだよな。男性たちはそう言うことを伝えていくけど、女性たちは結婚で断ち切られるからそういうものを伝えられてこないという背景もありそうだけど……と思ってしまった。

*コンソラータ
修道院に古くからいた女性の物語。

『「そんなこと、二度と言っちゃいけませんよ。わかった? 本当に? そんなことは、ここじゃ起こらないんですからね」』292p
養家の義兄にズボンを脱がされたことを養家の母親に話した反応。これ、養家になっているから、まだ救いがあるなと思ってしまった。意外とこういうのは実母でも反応が同じか、下手をすると子供に『売女』という人間までいるので、それと比べるとまだ優しい。とはいえ、この前後の話は気持ちがいいものではないし、この母親の対応も中々に酷いものではあるんだよな。この時代、こういう社会だと思えばまだ『物語』として読めるというだけ

*ローン
男たちの修道院襲撃の話を聞いて、それを修道院の女たちに知らせた女性の物語。

『しかし、男たちはけっしてこの道を歩かなかった。ときどき、行く先は女たちと同じだったが、彼らは車に乗った。』302p
修道院までの道の話。この道を歩く女たちはいたけど、男は歩いたことがないという。男たちには必要がないから。男たちには教会があり、修道院へ行くのはちょっとしたものを買いに行く時だけだから。教会は男たちのものだから、女たちは修道院に行くとも言える。

*セイブ‐ マリー
修道院襲撃後の物語。

『救われない人々、価値のない人々、見慣れない人々の不在によってのみ定義される、この辛苦の末に勝ち得た天国は。誰が、彼らをその指導者から守るのか。』343p

修道院襲撃後の町の人の独白。
この『救われない人々、価値のない人々、見慣れない人々』が修道院の女たちだったっていうことなのだろうな。そして、修道院の女たちがそういう人たちを助け守ってきた。彼女たちを失って、『救われない人々たち』は町を出ていくという選択肢しか持てなくなる。


女性の物語……と書いてきたけど、そこに町の歴史が混ぜ込まれ、現在の若者と古参たちの衝突も混ざっている。女性の話だけが書いてあるわけではない。

物語の登場人物は多いし、文字の量も多い(二段組になってる)。でも、読みごたえはある。ただ、今まではもう少しきっぱりと前面に出ていた『黒人差別』が『町の中の階級』や『黒人同士の差別』や『男女差別』になってしまっているので、探し出すのが難しくなってしまった感じもする。男女差別は気が付くのが難しいので、見逃してる部分が多々ありそう。
そして、町の中の階級についても……複雑すぎて誰がどの辺りの位置にいて、どんな繋がりからそうなってるんだ?は読み取りが難しい。

さらに言えば、最後のシーンは『これがパラダイス』と言いたいのか、それとも皮肉としてのパラダイスなのか……正直、よくわからなかった。
聖書がわかっていたら、もう少し理解できる部分があったのかなとは思う。聖書がわからないので、理解も半減してるのかも。

でも、読んでよかった。最後まで楽しく読めた。
ごちそうさまでした。


パラダイス