編集

「さよなら、君のいない海」を読んで

2024/03/10

さよなら、君のいない海
– 2016/9/24 秀島迅 (著)

さよなら、君のいない海

「さよなら、君のいない海 著:秀島 迅」を借りてみた。
創作に関する本を買おうか迷ったので、筆者の本を読む事にした。

さて、本の感想。

あとがきから読んだので、この本が一冬の物語らしいということは分かった。主人公の名前が出てこない事も。名前がないせいなのか、まるで掴めないキャラクターだなと思った。共感が一切できないし、物語も意味がよく分からない。

あらすじ:
両親を殺された僕は決まっていた大学を蹴って、鎌倉へとひきこもる。そこでイヌというサーファーと出会い、ミキという彼女も出来る。

順風に見えたが、おじが自殺未遂を測り、お金が必要という事を知ってイヌが誘ってきた『ヤバい仕事』の手伝いをすることに。
麻薬の売買で短期間で稼ぐためにハワイに飛び、そこで主人公はアプリのシステム構築をする。順調に売買が終わるように見えたが、最後には地元マフィアとの抗争になり命からがら日本に逃げ帰ってくる。
そして、鎌倉でミキと幸せに暮らす。


主人公の背景が見えない。まず、主人公のお家が金持ちで家に強盗が入り両親が殺された事件が起こる。茫然自失とするなかで、決まっていた大学進学をあっさりとやめてしまう。

有名大学に進学したと書いてあるだけで、学部も何もない。試験で1位を取ったという情報から試験(暗記)に強いというのは分かる。けれど、何を目指して大学に行くかという情報が一切ないし、得意科目もない。
さらにいえば、両親との思い出話も出てこないあるのは『真っ暗な闇が心の中にある』という事だけ。もちろん、最初はそれでいいし『何も考えられない』というのも分かる。けど、これ最初から最後まで両親との思い出は一切出てこずただ『両親の死のシーン』だけが何度か繰り返される。両親が死んでショックなのはそれまでの様々な思い出が断ち切られるからだと思うけど、そういう『思い出』が一切ない主人公が怖い。

確かに『両親が殺された』という事件は大きいけど、主人公が透明すぎて何でもありな状態になっている。
おかげで、鎌倉に行って初めてするサーファーの腕を上げていき、料理の腕を上げていきという『万能キャラ』になっている。苦手なものは特に書かれてないし、好きなものもない。ただ、器用にいろんな事をこなす。

最近、こういうキャラを見かけたような……と思ったら、フリーレンがこんな感じで『物語が進んでいきなり情報が追加される』。大まかなキャラ設定(フリーレンの場合はめんどくさがり)はしてあるけど、細かい設定はそのシーンに来るまで謎。

この作品だと主人公のキャラ設定は『器用に何でもこなす』のと『パソコンが得意。プログラムが組める』という事ぐらい。でもこの主人公は『パソコンが好き』なわけではないと思う。『器用にこなせる事』の中にパソコンが入っている感じ。

『器用にこなせる事』の中には『銃の扱い』までマスターするという、現実離れした能力まである。万能型もそこまでくると、気持ち悪い。

前半がミキとイヌとの交流だったのに対して、後半は麻薬販売という『ヤバい世界』の話の説明が入って来る。これが詳しくてドン引きしてしまうが、主人公は『金のため』と平気で進んでいく。両親はこの主人公に倫理観というものを一切教えなかったのかと突っ込みたくなる。

最初から未成年だけどアルコールを飲む時点で、倫理観狂ってるなと思ってたけど後半に行くほどぶっ飛んでいく。
最終的には人を殺して、その人物が『両親を殺した組織の一旦』だと知るけど、こじつけすごいなと思いながら読んでしまった。


ついでに言うなら、『日本に帰ってきたら安全』というのも……ん?と思ってしまう。日本にいたら銃の入手は難しいけど、他の殺し方は出来るし、個人情報を追うなら日本ほどガバガバの国もないだろう。
ハワイはあんなに『危険』と言っておきながら、このグローバル社会で『日本にいたら安全』ってそれはそれで、平和ボケのような気がするのだけど。
『日本まで追う意味はない』程度の稼ぎと殺しだったという事だろうか?

最初から『親の敵(かたき)を討つ』というストーリーならまだ分かるけど、主人公にその気はないのに『知らんうちに敵を取っていた』って間抜けな感じにも思える。

しかも、金が必要だからと『犯罪に手を染める』
で、日本に戻ってきたら、子供が出来てるって……人を殺した手でわが子を抱くの?
敵の組織からしたら、その子供と女を真っ先に主人公の目の前で殺すよね……と思ってしまった。なんか、最後まで『死んだと思っていた相棒が生きていた』とかファンタジーすぎて、気持ち悪いなぁと思ってしまった。


彼女さんが別れ(犯罪に手を染めるので、主人公が一旦離れる)の時に「抱いて」というのも……男の夢。キモイ。としか、思えなかった。この時の子供が戻ってきたら出来てるっていう話。……うへぇぇ。吐きそう。

ハードボイルドなモノが書きたかったんだなというのは分かる。麻薬の世界観もわかる。でも、主人公が空っぽで万能すぎる。

という事で、もういいかなと思った。




話は変わる。作中に『コロナを冷蔵庫から取り出して飲む』というシーンがあるけど、2020年を過ぎた今、『コロナビール』は有名なので分かりやすいなとも思ってしまった。と同時にある意味『死亡フラグ』っぽい感じも醸し出している。おそらく作者にそんな意味はなかったのは分かるけど。コロナは別の意味になってしまってるので、時代の流れで作品は変わるんだな……と思ってしまう。

もちろん、あと十年すれば忘れ去られてただの『ビール』という記号しか持たないだろうけど。

コロナは世界を変えたというけど、本を読むたびそう感じる。コロナ前だったら、そう受け取らなかったというものが『違う意味を伴って』受け取ってしまうようになっている。

それもしばらくだけだと思うので、平穏な世界が続いて『余計な意味』を考えずに済むようになると良いなと思う。


『さよなら、君のいない海』