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「音楽の在りて」を読んで

2024/03/08

音楽の在りて 単行本 – 2011/4/23萩尾 望都 (著)

音楽の在りて

「音楽の在りて 著:萩尾望都」を読んで。

素敵すぎる――。

という一言に感想は尽きる。もう、ナニコレ、もっと前に読みたかった。リアルタイムで読んでた人たち羨ましすぎる。


説明をいろいろと飛ばしてしまいそうなので、作者の説明から。
萩尾望都先生は漫画家さんです。「ポーの一族」「スターレッド」「11人いる」など多数の漫画を描いてる人。
この本は『小説』です。ラストに一作だけ漫画が入ってますが、それ以外は小説。


図書館で『萩尾望都』で検索して出てきたのがこの小説。11の短編と中編1つ


一つずつ見ていく。ネタバレします。



『ヘルマロッド殺し』
殺されたヘルマロッドが、自分を殺したイザンを探しに行く物語。

この物語の世界では『細胞からクローンが作られる』ので、死後も細胞が残っているとそこから再生させられる。殺された『ヘルマロッド』が数人出てくるが、全て数字で呼ばれている。

殺されたのは17。最初に再生したのは19。しかし、19には『胎児』が存在しなかったので17が残した18が新たに再生させられる。
19はイサンを探しに行き、18もまたそれを追う。


殺人という重い話なのに、中身は『愛』なのがすごいなと思った。愛してるから殺す……というのは言葉にすると陳腐だけど、ヘルマロッドがそれに気が付くのが殺されてからというのも深い。さらに、『本人(再生した者たち)は愛ゆえに殺されたとは気が付いていない』
異星人同士の価値観の差ゆえの、すれ違いで殺されている。


巻末の漫画『左ききのイザン』はこの作品の続編になっている。イザンはヘルマロッドの幻に殺されている。それだけ愛していた……と言うことでもあるのかなと。

初っ端から、脳みそ焼き切れそう。意味を拾い損ねたら、『なぜ、こうなってるのか』を理解できそうもない。


『子供の時間』
漂流船を見つけて、子供を助け出す話。

アーシは漂流船の中に入り、ディマというコンピューターに会う。そこで「フィドラー」という9歳の子供を助けてほしいと言われる。事故は生後二か月の時に起こり、以来ディマはずっとフィドラーの世話をしてきた。

『何を知っていて』『何を知らないか』『それを知らなかった場合にどうするか』というものが細部に散りばめられていて、ふわっぁぁぁと思ってしまった。(語彙力消滅)

・”私”がフィドラーで”あなた”がディマ。三人目であるアーシを指す言葉がないので”それ”となる。
・三次映像(今なら立体映像かな)は重量がないから、物体が透けているという認識を与えないために見せない。
・子どもはぬいぐるみを壊すもの。だから21個作った。20個は壊されたという事を子供を持っていないアーシは知らなかった。
・新しい世界にフィドラーは泣き出す。

さりげなく入っている『キャラが知っている(または、知らない)情報とそれに基づく行動』が素敵すぎる。最後の泣き出すは『産声』という意味も含めてだろうけど、恐怖もあるだろうなと思う。



『おもちゃ箱』
学校に立てこもった子供たちを説得する話。

超能力者のヘルが子どもたちのリーダーのエシュと話し合い、弾かれ、彼らは他の世界へと旅立っていく。

「その世界に馴染めないのは僕の責任じゃない」

と言い切ってしまえるエシュがすごいなぁと思う。好みの物語。


『クレバス』
世界を間違えてしまった子供たちのお話。

ふとした瞬間に世界が変わってしまった事に気が付いたコウと妹のユー。クレバスを超えて元に戻った……つもりだったけど、戻ったつもりの世界も二人の『記憶がズレている』と気が付く。

元の世界コウと同じ記憶を持つユーはどこに消えたのだろう……と思ってしまった。クレバスはいくつあるのだろう。そして、やっていることが犯罪に近いので、これ「他の世界にはならず、元のまま」という事になったら、やってしまった状態はどうするのだろうとも思ってしまった。でも、面白いので満足。


『プロメテにて』
信号を受けて向かった惑星では一人の先住者がいて、人が来るのを待っていたというお話。

宇宙船から下りて船長が見つけた遭難者は言葉すら話せない男だった。長き漂流で健忘症になっていると思った船員たちは彼に言葉を教え、逃げ出した男を追いかけ遺跡に出会う。
そこで砂嵐に合い、男と話すうちに彼が地球人ではない事を知る。
プロメテは遺跡の名前。

最初のシーンの船長の「命名権欲しさに漂流者を探す」のと、最後のシーンの漂流男の「政府は遺跡発掘にいくら予算をくれるか」というのが秀逸だなと思った。
どちらも強欲で宇宙のロマンなんて欠片もない。けど、舞台は宇宙に砂嵐に遺跡にと、これでもかとロマンチックな雰囲気を作り出している。この対比も面白い。



『音楽の在りて』
本のタイトルにもなっている作品。どんな作品だろうと思って読んだ。
遺跡発掘のお話。

遺跡発掘現場に音楽の研究をしているお客が来る。遺跡では楽器や踊りの絵図が見つかる。しかし、それを再現できない事にお客は悲しむ。そして、ふとしたことから遺跡の音楽が鳴り響く。お客はそれに踊りだす。


音楽と言えば……ジャズやクラシックなどの堅苦しい話かと思えば、まさかの「遺跡の音楽」もっと言えば原始的な音楽の話だった。最後の音楽がどうして鳴るのかはネタバレしそうなので伏せるけど原理はオルゴールと同じ仕組みでその描写も素敵すぎる。
そんな風に音を鳴らせるのすごいと思った。


『闇夜に声がする』
少女マンガ家が声に悩まされる話。

『始(はじめ)』というマンガ家の担当さんが亡くなって、始は自分を呼ぶ声を聞くようになる。それに怯えながらも作品と向き合おうとするが、一向に手は動かない。友人の力も借りて声が何なのかを知り、作品が仕上がる。

一気に空気が『現代日本』になってしまった。ここまでの作品は宇宙や異世界が中心だったのに、ぐっとリアルな現代日本の空気がひしひしと伝わる。(厳密には携帯がないので数十年前の空気だけど)
作品に悩む姿はコミカルで、声がするのはホラーなのに、最後は恋愛……いろんな要素が詰め込まれてる。
ファンの反応まで書いてあって、経験から引っ張ってきてるのかなと邪推してしまう。
ここまでの作品で頭が少し疲れていたので、軽く読める作品に癒された。


『マンガ原人』
マンガが好きで漫画を描いている少女のお話。

マンガ好きで知り合った彼女と漫画の話をしていたある日「私たちは”マンガ原人”」だと彼女は伝えてきた。そして、彼女と出会うことはなくなった。


マンガ原人の異次元設定は好き。この作品は、時代説明も細かいし、現実の漫画家さんの名前などが羅列してあって、この本の作品の中で一番『リアル』を味わえる。……でも、残念。私はその時代を知らないし、漫画家さんも半分はわからなかった。
時代を知ってる人はより深く味わえるんだろうな。


『CMをどうぞ』
とある星で放送したクラッカーのCMが大問題を引き起こすお話。

……これ書かれたの1970年代って本当?と思った作品。
ただの『ジョーク』として書かれたのだろうか。それとも、問題点を把握して書かれているのだろうかと悩んでしまった。これ、現代だったら演出次第で本当に炎上するだろうCMなだけに……どう読めばいいのやら。先見の明ありすぎる。
ネタバレするけど、全部書く。


作品内のCM内容は
『ねぇ、あなた知ってる、グー・クラッカー
ほらほら、これよ、カリポリパリ
みんな大好き、グー・クラッカー
イカシテルウ いま大好評よ』

これに対して、会社の人間は「何が悪いのか」全く分からず困惑する。
しかし、その星の人間が説明する。

・『ねぇ、あなた知ってる』が押し付けであり、暗に「知らないでしょう」とほのめかしている。
・ほのめかしが最後の『いま大評判よ』に掛かっていて、「いま大評判の×××をあなた、知らないの?」と相手を馬鹿にしている。
・『みんな大好き』は誰が大好きなのか分からない。不特定多数が支持してるからと言って、それに便乗するように仕向けるというのも無知な人間に対して行うことである。

そう指摘されて、CMは商品名と会社名、お勧めであることを示して、原材料や保存方法を伝えるCMへと変わった。


70年代だったならば『そんな馬鹿な』だったかもしれないけど、現代だとこの問題点は間違ってない。これ、ギャグとして書かれてるんだよね。たぶん。まさか『本当』になる未来を予測してたとかないよね?


『憑かれた男』
とある演出家のお話。

演出家が階段を踏み外した後から、それまでの演出が嫌になりすべて変えるとよい舞台に変わっていった。おかしな夢を見た舞台初日。演出家は自分の舞台が理解できなかったが感動した。

一番短くて、意味が分からない。
「モリエール」とネット検索すると情報が出てきて繋がった。物語は難しくないけど、詳しく知りたいと思うと難易度高すぎる。知ってる人はより楽しめるのかもしれないけど、私は知らない人なので調べた。


『守人たち』
寺に行くと本尊がいない話。

薬師寺にお参りに行くと神将だけがいて、本尊がいない。本尊を探しに行った主人公と神将たちは本尊を見つける事が出来ずにいる。


方言が使われていて、コミカルで楽しい物語と思って読み進めていくと、最後がホラーだった。でも、コミカルさは失ってない。最後までテンポが良くて面白い。今までとは少し毛色が違うけど、これはこれで面白かった。


『美しの神の伝え』 中編。
大神おおかみが作った美しの神を求める世界の物語。

湖の中央には使者の塔。その湖の傍に作られた統一した精神を持つミューたちの住処は平和でおだやかだった。
四位のミューの死が一人のミューの不安を煽った。彼は”別のもの”と呼ばれるようになった。
十一位になった”別のもの”は十五位の”春狂い”と出会う。
”別のもの”は”春狂い”と交流を続ける。十五位の”春狂い”は神殿に行って再生はしないと伝える。再生の前日、”春狂い”は住処を抜け出して行ってしまう。”別のもの”はそれを見送るために塔に上り、死んだ。再生のための箱は”別のもの”に使われ、”春狂い”は塔に住むことになった。

”舌足らず”は”春狂い”の言葉に興味を持ったミューだった。”舌足らず”の協力で塔の中の『再生の箱の部屋』に”春狂い”はたどり着く。そして”望まれるもの”たちが産まれた。彼らはミューとは様々な事が違った。毛や目の色がそれぞれ違い。統一された繋がりを持たない。個体ごとに名前が与えられている。その中で一人、最も奥庭に面した部屋で一体だけ専用の教師が付いている個体がいた。”春狂い”が教師に名を聞くと「フィーズ」と言った。

嵐が起きた。それは多くのミューの命を奪い、生き残った者に恐怖と絶望を与えた。生き残ったミューの一部は森に住むようになった。
そして、湖は『古いミュー』と『新しいミュー』と『望まれるもの』とに分けられた。古いミューたちは嵐の恐怖を覚えているが、新しいミューは幼く嵐の記憶はない。

”望まれるもの”のツーロンは、新しいミューの一体を見分ける事が出来た。ツーロンはそのミューを「おまえ」と呼んだ。ミューたちの中でそれは「かれ」と呼ばれた。
もう一人、”望まれるもの”のシェスはツーロンがミューに魚を与えた話を聞いて、自分も真似てみた。
シェスから魚の目玉を与えられたミューは”目玉”と呼ばれたが、シェスは”目玉”を見分ける事は出来なかった。

森に住むミューに興味を持ったツーロンは、森のミューを捕らえ殺してしまう。そのことで新しいミューたちから『長』として認められた。シェスも森に住むミューに興味を持って”目玉”に相談すると、古いミューが知っているらしいと話を聞きに行く。

そこで、ミューの間で『七色の衣の白くて小さいものを見た』という話が伝わってくる。興味を持ったシェスは森に入り、『教師が森の中のミューを捕まえていること』を知る。森で出会ったミューから”春狂い”がいる場所を聞き、ミューたちに教師の足止めをさせて、自分は森の主だという”春狂い”に会いに行くことに決める。

”春狂い”は森の中でにせ教師と共にフィーズを育てていた。

外で大量の教師が殺され、混乱が起きている中でにせ教師は湖に戻る事を提案する。命が尽きかけていた”春狂い”もそれに従うことにする。しかし、途中で命がつきる事を察し”春狂い”はフィーズをシェスに預ける。湖に着いたフィーズは疲れて眠ってしまったが、その間に”望まれるもの”とミューたちの間で戦いが起き両方が死に絶えた。

フィーズが気が付いた時には使者のいる塔の中にいた。フィーズはハルに会うために世界のつなぎ目を飛び越えてしまう。


――あらすじになってない。まとめられない。

独特の世界観と、『個体名のないミュー』という存在が厄介だった。
何度読み直したか……。
極論は、”春狂い”と”別のもの”の恋愛話……なんだよな。フィーズは生まれ変わりっぽく書かれてる。
”望まれるもの”は、ミューをしもべとして扱うので恋愛にはならないし、最終的にはツーロンは「かれ」を見分けられず、シェスはフィーズにのぼせ上がり”目玉”の存在を忘れている。

『名前を付けるかどうか』と『個体認識ができるかどうか』というのも重要ポイント。
ミューの身体はどれもほぼ一緒で見分けがつかない(年齢によって大きさは若干違う)という設定なので、恋愛するには難易度高いとは思う。

”別のもの”は思考が恐怖に染まっていた(4歳で仲間の死を見た)から”別のもの”として見分けることができたというのも……考えさせられてしまう。
そして、みんなと同じになりたいのになれないと悩む。
逆に”春狂い”はみんなと違うモノになりたくて、髪を結っている。
二人の対比も面白い。でもどちらも『みんな』の中には入れない。

ミューたちの生活の外に、『大神』の意志もちらついている。ただこの神様も一筋縄ではいかないし、使者もなにか思惑があるらしいのだけど、その辺りは『思わせぶり』な感じでしか書かれてないので、読み解くのはおぼ不可能かなと思う。
二人とも『また会いたい人がいて、その人に会うためにこの世界を作った』らしいという事ぐらいしかわからない。

世界の成り立ちがこの二人に関わってるらしいけど、意味わからぬ。でも、春狂いと別のものの関係性が素敵なので良しと私は思ってる。
世界の成り立ちにこだわる人はこの物語『全く意味わからない』になりそうだな。

満足満足☆
気に入り過ぎたので、アマゾンでポチった。手元にある本の感触。すごくいい。

『音楽の在りて』