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「蛍・納屋を焼く・その他短編」を読んで

2024/02/27

螢・納屋を焼く・その他の短編 (新潮文庫)
– 1987/9/25 村上 春樹 (著)

「蛍・納屋を焼く・その他短編 著:村上春樹」を読んでみた。

村上春樹作品は本当にどれもダメなのか……と色々とレビューや感想を見て回って、そういえば村上春樹が好きと言っているブロガーさんがこの本をお勧めしていたなぁと思い出した。以前から色々な感想を書いていてブログ読者になって数年。紹介された作品の何作かを読んでいる。

ブログには、ちゃんと『こういう人には向かない』という事も書いてあるので嫌いではない。ただ、価値観は違うなと思う点は多々あるので、期待値は低かった。


それと同時に、「ノルウェイの森」のレビューを読み直していると、「蛍」を読んでみたらいいと言うのも見かけたというのもある。

ともかく、読んでみたいかもと思えたので読んでみる事にした。



読んでみて思ったのはこの本を先に読んでいたら、村上春樹作品への嫌悪はこんなに膨らまなかったかもしれないという事。

短編一作ずつ感想を書いてみる。


蛍::
ノルウェイの森を先に読んでしまったので、比べてしまう。ノルウェイの森の冒頭部分を凝縮したようなお話しだった。実際は逆でこの短編から話を膨らませて、ノルウェイの森になったらしい。

ここでは性描写は実にあっさりと書かれている。
『その夜、僕は彼女と寝た。』
この一言で説明が終わっている。あのよく分からないポルノシーンは何だったんだと言いたくなるほど、実にあっさりと『文学的』という言葉が合いそうなほど上品な仕上がりになっている。

何故ノルウェイの森はポルノにしたのだろう?本当に意味が分からない。

ノルウェイの森がダメな人は『蛍』を勧めるとレビューしていた人の気持ちが分かる。
友人の恋人と寝て、その恋人が消え去った寂しさを儚く飛び去って行く『蛍』に合わせている。というのがテンプレートな読み方なのだろう。後は各々好きに読むのだろうが……私はこういうものがあまり好きではないので、テンプレ以上の読み取りは出来ない。


そして、ノルウェイの森もいろいろと書きながら、そう言う話なのだろう。ノルウェイの森はこれでもかとポルノが挟まれるので、何が言いたいのかを読み取る前に怒りしか残らなかった。


納屋を焼く::
これも蛍に続いて読みやすい。性的描写や残酷描写がないという点において。
あらすじ。
知り合った女性の彼氏さんが「納屋を焼く」という話をしてから、主人公は「どの納屋が焼かれるのか」が気になりずっと観察を続けるが、納屋が焼かれる事はない。女性とは連絡が取れなくなる。彼氏さんとは再び偶然会う事が出来て、納屋の事を聞くと「もちろん焼きましたよ」と答えが返ってくる。

……ざっと書くと、何とも意味不明な物語だ。

しかも納屋を焼く理由は分からないが、『(納屋が)僕に焼かれるのを待っているような気がする』と彼氏さんは言う。

焼く納屋は『大きな火事にならないもの』『誰も悲しまないもの』らしい。


意味は分からないが、そこにぞくっとしたものを感じる。さらにそれを見つめると、その『自分に都合がいい解釈』は犯罪者のそれと同じだとも思う。
痴漢が『触られたいからミニスカートを履いている』と思いこむようなものである。さらにはその子をじっくり見つめて『家族がいない』『相談する人がいない子だ』と思えば、触る以上の事をして痴漢では済まなくなるだろう。

と考えると、性描写も残虐描写もないが、この物語はものすごく『グロテスク』なのかもしれない。

でも、あまりにも綺麗に書かれているので、この作品が嫌いとか嫌だという感覚はない。ただ『何となく不気味なもの』の裏側に犯罪者思考があるだけだ。それが意図されているのか、それとも全く別の意図で書かれているのか。いや。納屋を焼く行為が犯罪であるとは書いてあるのだから、やはり犯罪者の思考を書いているのだろうか?

正直どこまでが、意図されたものなのかが分からない。

映画にもなっている……と聞いたが、この短編をどう映画にしたのだろう。


踊る小人::
グロテスク表現が好き。ただし、苦手な方は要注意な作品だなと思った。

物語は踊る小人に『好きな女の子をモノにする願い』を叶えてもらうが、引き換えに「声を出したら、その身体を貰う」という約束もする。
最終的に官憲に追われる事になる。そこで、小人が囁く。身体をくれれば、逃げ切れる。代わりに森で踊り続ける。どちらを選ぶかで主人公は迷う。

最初は夢なので、そういうものかなと読んだ。が、設定はしっかりとファンタジー。ファンタジー設定は好き。


この作品の面白いのは、願いが『女の子をモノにする』つまり、自分のモノにするという事なのに、その為には『小人に身体を渡さないといけない』という点。
小人は女の子が欲しいわけではないので、主人公の身体を得るために『女の子をモノにする前に声を上げたら、身体を貰う』という条件になっている。話せないが、女の子をダンスで惹きつけてモノにする。

たぶん男の『女の子の前でかっこつける』というものが含まれているのだろうが、失敗したら『小人に身体を乗っ取られる』=『自分ではいられないほどのショック』という風に考えると……リアルだなぁと思う。

※『女の子をモノにする』というのは差別的だなぁと思うケド、その設定が物語に必要であるという事が分かるので嫌悪はない。


めくらやなぎと眠る女::
いとこを病院に送る話。
病院に送って、食堂で診察を待つ間に昔の事を思い出す。友人と友人の彼女のお見舞いに行った事を。

『友人と友人の彼女』が出てくると、ノルウェイの森?と思ってしまう。しかも、この短編の『友人』も若くしてなくなっている。この短編も、ノルウェイの森の元になっているのだろうか?……いや。気持ち悪くて、細かく調べる気もない。(調べたわけでもないのに、自動で情報が入って来る不思議。ノルウェイの森の元になってるらしいです。)


昔の友人の彼女の妄想話に『めくらやなぎと眠る女』の話が出てくる。
『めくらやなぎの花粉をつけた小さな蠅が、耳からもぐりこんで女を眠らせるの』
いとこは耳を悪くして病院に通っているので、めくらやなぎという過去の話と現在のいとこの話が繋がる。

舞台は現代(昭和?)だろうけど、めくらやなぎのファンタジー感が上手く絡まっていて好き。


三つのドイツ幻想::
1.冬の博物館としてのポルノグラフィー

最初の一文に惹かれた。
『セックス、性行為、性交、交合、その他なんでもいいのだけれど、そういったことば、行為、現象から僕が想像するものは、いつも冬の博物館である』

性行為が堂々と書けてしまうのはそう言う意味なのかと思ってしまった。村上春樹作品の中の性行為シーンは全て『絵画を見ている=現実世界から離れている』という意味で読み流せばいいのだと思う。

性行為に性行為の意味を持たせてないから、あんなにくどくどと無意味とも思えるシーンが書けてしまう。いや。他のシーンもほとんど意味が分からないものが多いのだけど……そして、最終的にまとめると『女性への郷愁のようなものを書いているだけ』な気がしてならない。どの作品もそれ以上のものが私には読み取れない。人様の感想を読んでいても、イマイチ何が良いのかさっぱり分からない。


ちょっとオシャレなパーツが入っていたり、気取った言葉が入っていたりするが、性行為がそれらの全てを台無しにしていて残念と思っていたが、性行為=博物館めぐりと考えると作者の中では性行為すら『気取ったもの』なのかもしれない。世間一般の『ポルノ』という感覚ではないのだろう。

物語のあらすじは冬の博物館で勃起する話。
勃起すら博物館の展示物らしい。……私には意味が分からないが、そう言う世界観なのだろう。


2.ヘルマン・ゲーリング要塞 1983
ヘルマンゲーリング要塞に観光に行った話。
観光後に入ったお店のウェイトレスの描写が酷い。
『彼女はまるで、巨大なペニスを讃えるといった格好でビールのジョッキを抱え、我々のテーブルに運んでくる。』
この前後に性的なものは何もないのに、なぜかここでいきなり『ペニス』が差し込まれている。
博物館の展示物という感覚で書いているからこうなのだろう。

だから、私は村上春樹作品が嫌いなんだと改めて思わせてくれた。


3.ヘルWの空中庭園
空中庭園を見に行った話。

ファンタジーなのだろうが、いまいち分からない。ドイツの地図を描けたらまた別なのか、地名はベルリンくらいしか分からないが、ベルリンがどこにあるかまでは頭に入っていない。
私の頭にあるのは『ベルリンの壁が東西を分けていた』という冷戦時代の話。それさえも詳しく知っているわけではない。
おそらく冷戦の話が混ざっているのでは?と思うのだけど、何を二人が話しているのかが半分くらい理解できない。

半分理解できないという事は物語が分からないという事だ。

それでも、『庭園が浮いている』という部分だけは理解した。読者の知識次第で理解力が変わりそうだ。


理解できないので、面白いとは思えなかった。


こんな感じの短編が入っている。
正直、この一冊で村上春樹の基本的なものは全て入っているような気がする。個人的にはどれを読もうか迷っているなら、この短編をお勧めする。
エロが少なく、村上春樹の特徴が入りこんでいて、これが合わないと感じるなら合わないだろうと思う。

私が村上春樹作品を読んで理解した事。(もちろん、全てを読んでいるわけではないが、もう読む気がないのでこの人の小説は読まない)

・性行為を博物館見学として書いている。
・犯罪行為を犯罪行為として書かない。
・読者置いてきぼりの物語。
・眠りや夢といった現実から離れた世界のテーマが好みらしい。

こんなところだろうか。
これを楽しむためには、性行為を展示物と割り切り、犯罪行為を犯罪行為と理解せず、村上春樹並みの音楽や文学知識が必要という事かもしれない。

いや。もっとふわっと『そこまで理解しようとせずに読む』のが一番なのだろう。


私はいろんな点で引っかかって無理だったという事が分かった。


嫌いだと言う作品を読むという事は『好きという事』というようなものを見かけるが、好きでも嫌いでも『自分の感情がどうしてそう動くのか』を知りたくて読んだだけ。


村上春樹作品が好きかと聞かれたら、『嫌いだし、お子様には基本的にお勧めしないエログロ本』と答える。

『螢・納屋を焼く・その他の短編』