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「82年生まれ、キム・ジヨン」を読んで

2024/02/22

82年生まれ、キム・ジヨン
– 2018/12/7 チョ・ナムジュ (著), 斎藤 真理子 (翻訳)


「82年生まれ、キム・ジヨン」を図書館で借りてきた。
数年前に話題になっていたけれど、読み損ねたのでやっと借りて読む事が出来た。

最後の解説を読むと『この本の登場人物の男性たちには名前がない。名前があるのは主人公の夫だけ』とあった。それを見ながら、まるで戦国時代の姫たちみたいだなと思った。戦国時代の姫君たちの殆どは名前が残っていないと言うのを聞いたことがある。

紫式部も清少納言も役職名で名前ではない。過去の文献には女性の名前が出てくる事はほとんどない。対して、男性の名前はしっかりと残っている。と言うのを思い出した。
その逆バージョン。この本では、男性の名前がごっそりとそぎ落とされているという。

それだけで、ワクワクしてしまった。先に解説を読んでよかった。


さらに解説から読んだことで『韓国の女性差別の現状』がよく分かり、小説を読む上で助けになった。
『女性差別』の根本はおそらく日本とさほど変わらないが、やはり細部は違うし『30年ほど前まで女の子は殺されていた』という状態は日本では聞いたことがない。
そこまでの強い男女差別の社会が存在していたという事を頭に入れてないと、小説の背景は上手く飲み込めなかっただろうなと思う。


解説に「キム・ジヨンに異常が表れ、夫に連れられて精神科を受診する。その担当医が書いたカウンセリングの記録という体裁で小説が書かれている」ということが書いてなかったら、おそらく私は疑問符だらけで小説に入っていけなかったかもしれない。

この前提を理解して読まないと『物語がどうなるのか』に視点を置いてしまう。そうすると、この小説は『ただただ、謎な物語』になってしまう。私にとっては解説は小説を読むうえで必須の文章だった。



※以下ネタバレ必須。


小説は、キム・ジヨンが夫の実家に帰省中に母親が憑依して『娘をこちらの家にも帰してくれ』と言ってしまう。これが問題になり、精神科を受診する。というシーンから始まる。


すでにこの辺りで、お腹いっぱいだ。

グズる娘の世話は妻の方が上手いからと押し付ける夫。義実家に行けば料理をして、片付けをする妻。田舎あるあるの『良いお嫁さん』の姿がそこにある。そんな話だと分かっていても、重い。


その後は、キム・ジヨンの人生の話になる。
祖母の時代と母の時代のあれこれも語られるが、『男のために女は身を粉にして働く』という事が美徳して語られる。さすがにここまで『男のため』というのは理解できなかった。男兄弟が大学に行くために女兄弟は、働きに出る。


女の子が生まれる度に「次は頑張ればいい」と言われ、次も女の子だったら?と夫に聞けば『女の子は縁起が悪い』と返されて、母親は女の子だと分かった胎児の中絶を決める。その後に出来た男の子は、『末っ子だから』『長男だから』と別格の扱いで育てられ、女の子との差をひしひしと感じる。

学校では男の子からのいじめは「好きだから」だと言われ、変質者を捕まえれば「学校の恥」だと言われる。

さらに生理の話まで踏み込み、生理痛を消す薬がないなんておかしいと話したりする。


子供時代だけでも、これでもかと『女性であることの不合理』が描き出されている。


就職の面接に行けばセクハラにどう対応するかと質問され、落ち続ける。仕舞には父親は「このままうちにいて、嫁に行け」と言い出す。それを母親が「何言ってんの」と怒鳴りつけるのは爽快だが、母親が何とか味方になっているから救いになるが『男に従うタイプ』であればもっと悲惨な物語になるだろうなと思った。


仕事が決まってからもセクハラの連続と男性社員との格差に絶望する。結婚が決まれば、子供を急かされ……そこでやっと、『子供を持つことの現実』が目の前に迫り、怒りが溢れてくる。男は何も失わず、女性であるキム・ジヨンだけが仕事も自分の時間も失っていく。そこでおかしくなっていき、精神科に受診。


ラストで、医者の視点で書いていると出てくる。この医者は『女性の待遇について知っている』とあるが、女性のスタッフが出産のためにやめるという事に対しては『後任には未婚の人を探さなくては……。』で終わる。




ギャグか? と思ってしまったが、おそらく『理解ある男性』の認識はそんなものなのだと思う。
どこまでもリアルすぎて、気持ち悪くなってしまう。


ジヨンの夫にしても、男尊女卑丸出しではない。理解と優しさを持った人間なのだが、それでも差別の構造に組み込まれ、それを前提とした行動と思考しか持ち合わせていない。



ただ、この小説の中で私が解せぬと思った点が一つある。

『子供を持つことが目の前に迫って、初めてそれがどんな意味を持つのかを理解する』というジヨンの心理。


いや。大半の女性がそうなのだろう。子供の時にすでに「子供なんていらないし、作らない」と決めていた私は自分の思考がおかしいのかと思って、妊娠出産に関する情報はなるべく取り入れる様にした。しかし、それでも結論は『やっぱ、作らないのが最善だな』というものしかなかった。


仕事の中断も、身体の変化も、羞恥心も、子供への責任感も……色々なものが耐えられそうにないとずっと思っていたし、今もそれで後悔はしていない。さらに子育てしている妹たちを見ていても、子供は要らないと思う。

『好きな人が出来れば変わる』というものを信じようとしたこともあったが、残念ながら私が好きになったのは同性で逆立ちをしても子供は出来そうになかった。


そう言えば、妹が妊娠時に『子供が出来たら自分の時間がなくなる』と不満を口にしていたな……。大半の女性は自分がその身になってから考えるのだから、やはり私の感覚がおかしいのだろう。



その『子供を持つ前の心理』以外は、それなりに思い当たる事があったし、共感も出来た。全てフルセットで書きこまれているすごい小説だなと思う。



ただ女性も大学へ行けるのはすごいなと思った。
私は83年生まれだけど親の感覚は「女性が大学に行って何するの? 役に立たない」という価値観だったし、私が高校卒業後に専門学校に行きたいと言った時もいい顔はしなかった。さらに言えば、「お前が進学したから、妹達には進学の金がない」とすら言われた。でも、弟は大学に行った。理由は「男の子だから」


ついでに言うと、妹の価値観も同じで姪っ子に対して「女の子なんだから、大学に行かなくてもいいよ」と教えている。姪っ子2013年生まれ。未だに「女の子は大学に行かなくていい」と言われている。私が生まれてから30年経っても価値観は続くのです。


私自身は実は『大学進学も視野』に入れて色々調べたけど、どう頑張っても大学進学を説得できそうにないなと諦めて2年だけの専門にしたという経緯。

小説の中のジヨンが大学で学べるの良いなと羨ましく思える。

ついでに私の周りには、『女の子だから短大で良い』と言われたと言う人たちもいる。「おにーちゃんは大学に行ったんだけどね」とつく。……そんな環境にいるので、女性が大学に行ける韓国って先進的とすら思ってしまった。

でも、これも地方はまた別なのかなと疑問が湧く。



日本の地方はいまだに女性に大学は必要ないと言う価値観がうっすら蔓延っている地域がある。

でもそのまえに、大学の学費が馬鹿にならないという現実も転がっているけど……お金の問題で行けないのと、幼いころから『女に学は必要ない』という価値観で大学に行くという選択肢すら出てこない環境に置くというのは違う。


韓国の話なので、すべて日本に置き換える事は出来ないものの『男児を期待される』事はあるし……天皇なんてまさに男児のみが期待されているんだし。その他もさほど形は変わらずに、ある事だと思う。
トラウマを抉られる感覚になるので、再び読み直したいかと言われたら……お腹いっぱいなので、図書館に返します。

小説は悪くはないのですが、あまりにも現実的すぎて辛い。

『82年生まれ、キム・ジヨン』