ヒロシマ 消えたかぞく (ポプラ社の絵本 67) – 2019/7/5 指田 和 (著), 鈴木 六郎 (写真)
絵本「ヒロシマ消えたかぞく 作:指田和 写真:鈴木六郎」を読んでみた。
ヒロシマに住んでいた家族のアルバムに物語がついている。ありきたりな日常風景。戦時中でも平和で穏やかな時間の写真。
それが、原爆で一瞬に消え去る。
家族がどうなったのか……聞き取りでわかった範囲で書かれている。あとがきにもこの本が作られた経緯が書かれている。
戦争の足音が聞こえないくらい平和で穏やかな写真とそこに書き込まれたメモ書き。
でも、この写真が残った理由が『戦時中だから事前に親戚の家に避難させた』から残ったとあった。この写真が残っていることがむしろ『戦争の足音の証』なのかと思ってしまった。
おだやかで何気ない時間だからこそ、原爆が消し去ったものの大きさが伝わってくる。
一家全てが亡くなっている。誰も生き残っていない。
……でも、と思ってしまう私がいる。一人生き残る絶望を感じるよりはその方がマシだったのだろうかと。フジエさん(母親)は『かぞくがみな、なくなったことをさとると、井戸にとびこんでいのちをたったのです。』ともある。
これはどこまでそうなのだろうか。混乱とパニック、自分にも襲い掛かってくる身体的苦痛。さらに治療にかかるかもしれない金銭的負担に今後の生活。いろんなものが頭を巡ったのではないだろうか。家族を失った事だけが理由だったのだろうか。
戦争の話はどの方向を向いても悲惨すぎて、平和を享受している私は『何が幸せと言えるのか』がわからなくなる。それでも、『ぼくの子ども時代にそっくりだ ぼくの二世も始めた その次の三世も そっくりやるだろう』と父親がメモしている写真のおだやかな時間が消え去るような戦争は再び起きてはいけないと思う。
この平和の享受がこの先も続くような社会を作らないといけない。
お子様向けというよりも、大人向け絵本。
ごちそうさまでした。
絵本『ヒロシマ消えたかぞく』