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「わたしは大統領の奴隷だった」を読んで

2024/05/16

わたしは大統領の奴隷だった ワシントン家から逃げ出した奴隷の物語
単行本 – 2020/12/24 エリカ・アームストロング・ダンバー (著),
キャサリン・ヴァン・クリーヴ (著), 渋谷弘子 (翻訳)

わたしは大統領の奴隷だった ワシントン家から逃げ出した奴隷の物語

「わたしは大統領の奴隷だった ワシントン家から逃げ出した奴隷の物語 著:エリカ・アームストロング・ダンバー キャサリン・ヴァン・クリーヴ 訳:渋谷弘子」を読んでみた。

奴隷の話は「ルーツ」が印象的だったけど、この本は女性奴隷の逃亡の話。

この本は『不確定な想像を追加』して書かれてるので『~だったと思う』『~たっただろう』という文章の終わりが多くて……読みづらいなと思った。資料がなくて時代背景と、その他資料を突き合わせて『おそらくそうだったのだろうとしか言えない』のかもしれないし、それはそれで誠実かもしれない。
『現代の価値観とは違って』という文章が所々に差し込まれるのも、読みづらい理由。子供向けだから、そうなってるのだろうか。子供が『この価値観が当たり前』って思うのは困るので、丁寧だと思えばいいのかもしれない。

子供向けなので『誠実さ』と『丁寧さ』を優先したのかなと思う。

そんな細部を除いても、読んでよかった本。

『アメリカで生まれた黒人奴隷女性オーナ』が主人公。母親がお針子だったので、お針子として大統領夫人のマーサの世話をしていた。ある時、結婚のプレゼントとしてマーサの孫に送られることが決まり、オーナは決死の逃亡を決意する。逃げた先でも見つかったが、周囲の手助けでその追手を逃れることができた。オーナが逃亡のことを話したのは、70近くになってからインタビューが新聞に載る。

オーナという名前……『オーナー』に見えてしまって、奴隷主っぽい名前だなと思って読んでしまった。
オーナには異父兄弟が数人いる。奴隷女性の貞操なんて守られないという事が書かれていた。でも、実際にどうだったのかは誰にもわからない。お互いに同意があったのかなかったのか……奴隷の意思なんて資料として残ってないので何とも言えないけど、白人男性の思いのままに出来る権力差があったのは確実。あと、主人のお気に入りの奴隷もある程度やりたいことができただろうし……と、邪推すると止まらない。

オーナの子供時代は、読み書きを奴隷に教える事は禁止されていた。子供の世話は年老いて労働が出来ない女奴隷が奴隷小屋でして、母親は常に主人であるマーサについていた。
オーナは十歳からお屋敷で働き始め、その働きが認められてマーサの世話をする奴隷として仕込まれる。

十歳……小学四年生。日本で言う『奉公』の年齢ぐらいだろうか。十歳ぐらいから『労働力』として認められてくるのは世界共通なの。

その後は大統領になった夫を支えるマーサについて北部に行って、北部の自由黒人と出会う。それまでは黒人は奴隷しかいなかったのに自由な黒人がいるという衝撃はあっただろうと書かれてるけど。世界が変わる出来事ではあったろうな。『当たり前』の価値観が、徐々に崩壊していく感覚というのか。

とどめは『マーサの孫イライザの結婚プレゼント』に決まった事。これで、オーナは逃亡を決意したとある。イライザの夫が『結婚しない相手との間に子供が数人いる』って、つまり奴隷女性。しかも適齢期のオーナ貞操の危機もあるだろうし、下手をしたらイライザの怒りに触れて殺される可能性もある……そんな場所に行けって処分と同じ……と、まともな感覚の人間なら思うだろうけど、マーサはそこまで考えてないし、思ってないんだろうなと。

マーサだけではなくて、南部の人たちは『自分たちは良い奴隷主』と思ってただろうけど、奴隷からすると全くそんな事はなかったという事が何度も繰り返されてる。

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『こうした考えは「父親的温情主義」とよばれることがある。父親の権威で、生きるのに必要なものを与えて守ってはやるが、物事を選択する自由は与えない、という考えのことだ。』84p
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こういう事があるから、『南部は奴隷に理解があった』という話になるんだろうね。相手は人間ではないから殺して当たり前だけど可哀そうだから面倒を見てやるの世界と、相手は人間だから殺してはダメだけど愚かだから仕事は出来ないと見下す世界の比べっこみたいな……。一応、建前でも『殺さない世界』の方がマシだと思う。


屋敷から逃げた後のオーナは追手からも逃げたけど、逃亡後に結婚した夫は数年で亡くなって、子どもたちも貧しさで死んでしまったり、危険な仕事についたりする。
オーナ自身も置き去りにした異父兄弟たちには会えてない。それらについてどう思っているかと問うと

『いいえ。おかげで、わたしは神の子になることができたと思いますから』p182

と答えるの良いなと思う。
逃亡後に文字を習って聖書を読めるようになりキリスト教に帰依をしたとあるので、信心深い人だったのだろうなと思う。


逃亡後は幸せになりました……という物語ではないのが、現実だなと思う。
でもオーナの知らないところで『大統領の奴隷の逃亡』は大統領の元に残った奴隷たちの解放にも繋がった(すぐにではなかったけど)というのは、救いかなと思った。


アメリカの奴隷の歴史を知るにはちょうどいい感じの本。


『わたしは大統領の奴隷だった』