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「方舟」を読んで

2024/03/12

方舟 – 2022/9/8 夕木 春央 (著)

方舟

「方舟 著:夕木春央」を読んでみた。

読み終えた。図書館で借りた本だったけど、カバーが張り付けてあってやたらと煽り文句が並んでいた。おかげで期待値が上がり、読んで期待以下でがっかりしてしまった。

持ち上げないでくれ。下がるから。期待せずに読んで『面白かった』と言わせてほしい。


面白かったかどうかと言われたら、面白くないと答える。でも、『これは面白い』という人たちの気持ちが分からないというわけではない。

面白くはある。ミステリーの王道をちゃんと踏んで、読者に筋立てた謎を与え、ヒントを与え、最後までアッと思わせる仕掛けはしてある。

ただその作り込み過ぎた物語が、私には『過去の王道ミステリーと変わらない』ように感じ、そのような物語がお腹いっぱいであった私には、面白いとは思えなかった。

王道には王道の面白さがあるというのはわかるので、面白くないわけではない。ただ、私の求めるものとは少し違っただけ。


※未読でネタバレしたくない方はこの先は読まない事をお勧めします※

『方舟』はその名の通り、『方舟(はこぶね)型の建物』が舞台。その建物が地下にあり、地震で閉じ込められた10人の物語。
登場人物は主人公、修一。修一の従兄、翔太郎。サークル仲間で方舟に誘った裕哉。同じくサークル仲間のさやかと花。隆平と舞は夫婦。山で迷っていた矢崎家族。父親、幸太郎。母親、弘子。高校一年生の隼斗。
サークル仲間6人に、主人公の従兄、さらに迷い込んだ家族3人の計10名。

最初は人が多すぎると思ったけど、まず、サークル仲間とその他で分けて考えるとそうでもなかった。

最初に殺されたのは、方舟に誘った裕哉。次がさやか。その次が幸太郎。一週間で殺されたのは三人で、生き残った7人のうちだれが犯人なのかをじわじわと探る。
地下の建物から出るには誰か一人が、岩を落として閉じ込められなければならず、必然的に犯人にその役目を押し付けよう……という話になっている。

探偵さんはいないけど、必然的に従兄の翔太郎がその役を担っている。

殺人と同時に『犯人に死んでもらう事で他の人間が生き延びる』という、みな殺人者になるという構図は面白いとは思う。そこに、『必然的に許されてしまう(だろう)殺人の動機』がみんなに出来てしまう。

殺人者は酷い人間か、それとも殺人者を置き去りにして殺す生存者が酷い人間か。という葛藤がおそらく『人間性』にしようとしているのだろうけど、状況が歪すぎてそもそも『頭に銃を突きつけられて、相手を殺せないならお前を殺す』と言われたら、人を殺すことが出来るか……みたいな究極の選択肢で『相手を殺さない』事を選べる人間は少ない気がする。

人間性の設定がグロいし、それでうだうだ悩むくらいなら、一人くらい『外に出たら、あれをしようこれをしよう』という能天気キャラを入れてほしいくらいだ。閉鎖空間に閉ざされた時はそのような『能天気キャラ』が『生きる活路を開く』のだから。

ただ、舞台を完全シリアスに放り込んだせいで、話が『殺すか殺さないか』に向かい過ぎて、重いものを延々と読まされる上に、ラストの犯人の動機が……ただの『生きたい』
どこに生きる意味の要素があった??と思ってしまった。

だったらまだ、矢崎家族の誰かで『家族を外に出すために殺人を行った』方が理解できる。

動機が『生きたい』であるなら、7人の誰が犯人であってもいい。と作中にもあった気がするけど、まさしくそれ。
犯人は夫や好きな人すら置き去りにして、最終的に『自分だけ外に出る』
つまり、最後の最後で生き残るのは『犯人だけ』なのだけど。
……それ、外に出て何かいいことあるの? 夫の遺産が転がり込むとか、好きな人がいるとか、ペットがいるとか……何か外に出てからやる事を書いてほしい。生きて何をしたいのかが分からないので、なぜこの人が犯人でなければいけなかったのかが分からない。

夫や好きな人を置き去りにしても『生き延びる恐ろしい犯人』を書きたいだけなら、ただのサイコパスでしかない。そんな非人間の心理を推理するなんて無理なので、これは『トリック(犯罪現場を解いていく)』しかないが、私は『動機』の部分も納得したい。

最後に犯人が語る動機は『外に出る道がすでに限られていて、その状況を隠すため』というすっ飛んだものだ。こうなると『生きたいという動機』が、ただの『道具』でしかなく『そのために三人を殺せるのはサイコパス(非人間)』になってしまう。

それは、私にとっての『人間の腹黒い部分(または善意)が噴出して起こる行動とそれに伴う謎=ミステリー』からは外れてしまう。


そんなわけで、私にとっては面白くはない。よく練られたネタありきの物語ではあるけど、キャラクターのリアルが足りない。
私はトリック部分はあまり気にしないけど、トリック部分も……女性一人でやるには無理かなと思う部分はある。


でも、『ホラー』として読めば『みんな気が狂ってる蟲毒の中を覗く物語』に見えて面白い。


物語は『犯人が生き延びる事を告げる』『生き残れると思った者たちが、閉じ込められたままだと知り絶望の声を上げる』という場面で終わるけど。
犯人も水中を無事に進めたかは分からない。地震で出口までの道が崩れている可能性や、水中に流れがあって流されていく可能性もゼロではない。外に出られても、人がいる場所まで無事にたどり着けるかも分からない。つまり、『誰もいなくなった』というオチも考えられる。
これ、『犯人だけ助かった』と思うから面白いのだろうけど、そう思えない私には面白くない。『生きたい』という動機ありきなだけに『確実に生き延びる方法』が存在してない時点で、そのために人を殺して一週間も待つ意味どこにあるの?としか。

ラストのオチに拘り過ぎて、細部が穴だらけ。
穴に気が付かなければ、もしくは『物語だから』で飲めれば面白いのかもしれないけど。

私は無理だったなという作品。

『方舟』