神の子どもたちはみな踊る (新潮文庫)
– 2002/2/28 村上 春樹 (著)
「神の子どもたちは みな踊る」 著:村上春樹 を読んでみた。
長編を読もうかと思ったけど、スプートニクとノルウェイで……嫌になった。その前に、貴志祐介の作品を三冊も読んでいて……それも含めて、もう『女をモノ扱いする作品』に耐えられない。
なので、短編集を借りてみた。
さすがに短編はもう少し毛色が違うのではないだろうかと思ったが、同じだった。ただ、長編のような『ふわっとした夢の中のような感覚』というシーンは少なかった。
一つずつ感想を書く。
・UFOが釧路に降りる
奥さんと離婚して北海道旅行に行った男が、若い女とやる話。
性に奔放な若い女性が出てくる。……そんなバカなと突っ込みたい。もしくは『奥さんが理由も判らずに家を出て行って、それに関心のない男』の話とも読める。
奥さんの事を思って結局出来なかったという話らしいが、なんか、最後まで出来ようが出来なかろうがする気だったんだろという気持ちにしかならない。
クマに襲われるのが怖くて、鈴を振りながらシた……というエピソードも語られるが。なんかもうこうなると、ただの『ギャグ』として読むものなのだろうか?
・アイロンのある風景
たき火を囲む話。たき火の表現やたき火を見つめる瞳は綺麗なのだが、キャラクターのエピソードが……好きではない。
主人公は女の子。その彼氏くんは下品で嫌だ。たぶん、ザ・男の子という感じの下品さ。ただ、この作品では他のキャラクターがそれを言い咎めている。ちゃんと『ダメだよ』と指摘しているキャラクターがいるのが良い。
主人公の女の子は家出少女。生理が始まって、陰毛が生え、胸が膨らんだら、父親が奇妙な視線になった……とある。それは『変化していく娘への戸惑い』なのか『性的な視線』なのかは書かれてない。でも、『戸惑い』なら、大半の父親が経験している事だろうと思う。それが嫌で父親が嫌いになって、勉強も出来ないから飛び出した主人公。母親、どこに消えた?としか思えない。でも、探さないでと言う手紙は母親に出したとある。母親には何も思ってない……わけないと思うんだけど。
最後におじさん。
これも妻も子供も置いて家を飛び出した家出人。
最終的に主人公とおじさんで死ぬ話になっているが、結局主人公は寝てしまう。暗におじさん一人で死にに行くような感じで終わっている。
主人公の父親との関係が気持ち悪くて……それさえなければ、たき火を楽しめそうなのにと思ったけど、もしかして父親が嫌だったから、代わりにおじさんを求めているという話なのだろうか。いや。それはそれで気持ち悪いな。うーぬ。
・神の子どもたちはみな踊る
父親らしき人物を追いかける話。
性的な話満載です。宗教が性に結びつくのは必然とはいえ……もしかしてタイトルの『踊る』も性交の事を指していたりするのだろうか。
主人公はずっと『お前の父親は神様』だと言われて育つ。もちろん、そんな事は信じてなくて途中で『父親だと思う人の話』を聞かされる。その父親だと思う人は「コンドームをつけたから妊娠するはずがない」と逃げた。
コンドームの避妊率は百パーセントではありませんけど……。これもギャグで笑いどころなのだろうか?
母親への欲情を食い止めるために他の女の子を抱いたというのも……毎度毎度、この人ってこのパターンだな。でも、この作品は『好きな女=母親』なのが気持ち悪い。
さらに大学の時に付き合った女性は「大きなおちんちんをもった男の子を産みたい」と言う。最後にはずっと母親の傍にいて、『神様について』を説いていた男が実は母親に懸想をしていたと告白する。
オスの性欲とメスの性欲のオンパレードかというエピソードがこれでもかと、書かれている。
お腹いっぱいです。気持ち悪いです。さすが、本のタイトルにしてある作品。
村上春樹と言う人は、こういうエロ作品が好きなんだな。(棒読み)
いや。エロだけを見るな。人間関係のあれこれをだな……とか、言われそうだが露骨なエロが連発してる作品でエロを見るなって無理。エロ抜きで書いてくれとしか言えない。
・タイランド
バンコック旅行をする女性の話。
最初に更年期障害が起きている事が書かれている。ん??と思ったけど、読み進めると、女性はおそらく『過去に子供を亡くしている』という事が示唆されていた。という事は、更年期障害のシーンは『もう子供を持てないよ』という事なのだと思った。
これはエロ系のエピソードがない……と思って読み進めたら、最後の最後に「ホッキョクグマの交尾」というエピソードを絡ませてきた。
いや。何で『何のために生きるのか』を伝えるために『北極熊の交尾』を入れるのか。ここまで、ホッとしながら良い話と思って読んで来た私の気持ちを返せ。
この作家の中では、『年の一度の性交では生きる意味がない』んだろうな。それくらいに『エロ』を重視している作家なのかなとしか。もう……ウンザリ。
・かえるくん、東京を救う
かえるくんが東京を救う話。タイトルそのまま。
カエルにしか見えない、かえるくんが主人公の元にやって来て「一緒に戦ってくれ」と訴える。主人公は夢の中で、かえるくんと一緒にみみずくんと闘う。
こう書くとファンタジー。そして、読んでいてもファンタジーだった。すごい。エロが一つもない。読んでいて苦痛がない。しかし、グロテスクな表現(蛆やみみずなどが身体に入る)はあるので、苦手な人は注意。いや。もしかして、これが性交なのか?身体の中に何かが入り込むのも女性として考えると性的ではあるけど、主人公は男性なのでその意図はなさそう。
個人的には虫はそこまで苦手ではないので、普通に読んでしまった。
かえるくんは『かえるくんではない』と変わっていくシーンが好き。本当は何だったのか。ファンタジーだけど、夢の話っぽいのでどうとでも好きに読める。
この短編集の中で唯一、ファンタジーらしいファンタジー。
・蜂蜜パイ
友人がほれた女と結婚した話。
この人の作品でよくあるパターンのような気がする。本命に手を出せずに、他の人にとられる。ただ、この作品は他の女を抱くのではなくて、小説に没頭して小説家になる話だった。
惚れた女と友人は子供を作って、その子供の名付け親になり週に一度は4人で会うという奇妙な約束を守っている。
友人は他に愛人を作って離婚して、主人公に元妻と結婚してくれと頼む。……フラれた主人公が他の女を求める話じゃなくて、結ばれた友人側が他の女を求める話だったのかと思ってしまった。
最終的に主人公は惚れた女と結ばれるが……。それを子供に見られる。
ちょっと待て、それ、子供に見せちゃアカンやつ。母親は慌てているけど、主人公は淡々としていて赤の他人という事しか感じない。
でもその後に、自分たちはお膳立てされていたと気が付いて、結婚を申し込もうと思うのはもっと意味が分からない。
子供のことはあくまで『他人として』の関わりとしか見えない。そのせいか最後は『二人の女を護らなくてはならない』と書いてある。いや。守る女は一人だけ。子供に対して『女』という言葉を使うのは気持ち悪すぎる。
かえるくんが読んでいて楽しかった分、最後の最後でまた『やっぱりこの人はこういう作品なんだな』としか思えなかった。
次は、数年前に読んだ短編をもう一度読み直してみるのです。
それで村上春樹の作品は終わりにする。